記憶喪失となった彼女が残した手紙

ー王子の後悔ー
退会したユーザー ?
退会したユーザー

2

公開日時: 2023年1月15日(日) 19:57
文字数:1,554

この国の王子であるアルベルトには幼い頃から婚約者がいた。


顔合わせの7歳の時からすでに婚約者であるシェルニアは淑女然としていた。

アルベルトがどれだけ自分の夢が面白いものだったか語ってみようが、シェルニアを言葉の限り褒めようが、彼女は淑女の笑顔を崩さない。

可愛げのない女だとアルベルトは幼心に思った。

その時は婚約者にと、誰を当てがわれようと対して変わらないと思っていた。


アルベルトに転機が起こったのは、成人の義を迎えたアルベルトを祝うパーティーでのことだった。


16歳となったアルベルトの傍には、シェルニアが控え、彼女は婚約者として模範のような対応をしてみせた。


アルベルトを立て、謙遜する姿は招待客からも高評価でアルベルトは面白くなかった。

自分を褒め称える言葉よりシェルニアを褒める言葉の方が力が籠っているように思えた。


可愛げのない女から、図々しい女へ。

アルベルトはシェルニアへの評価を変えた。



半年後にはシェルニアも成人を迎えることとなり、デビュタントのパーティーがやってきた。


アルベルトは、シェルニアから頼まれたらエスコートをしてやる心づもりでいたが、シェルニアは父親にエスコートされてデビュタントを迎えた。


…俺に縋って泣きついてくればいいものを。


父親に連れられて深くお辞儀をするシェルニアに皆が感嘆の息を漏らすのすら気に食わない。


ちらちらと、アルベルトに視線が向く。

シェルニアのエスコートをなぜ婚約者であるアルベルトがしないのか?と、視線が語っている。


俺だってその心算でいた。だが、あの女は俺を頼ることもなければ縋ることもしない。


少しは可愛げがあればいいものを

見た目も聡明さも同年代に比べれば抜きん出ているシェルニアはなにもわかっていない。

男に癒しを与える事が1番必要な事をあの女は何もわかってない。


図々しい女から、嫌な女だとアルベルトはシェルニアを疎ましく思い始めた。



シェルニアがいないために、1人でいるアルベルトは沢山の令嬢に囲まれた。

普段はシェルニアに遠慮をしている令嬢達だ。


キラキラと憧れを抱いてアルベルトを求める視線。

アルベルトに緊張してあからむ頬。

気に入られようといつもより高く偽った声。


その誰もが新鮮で、シェルニアにはない魅力があった。


「きゃっ!」


楽しく談笑していると、悲鳴が上がった。

アルベルトが顔を向けると、1人の令嬢がシェルニアに謝っている所だった。


「何があった?」

一応婚約者であるシェルニアの元に向かったアルベルトはそう声をかけた。


真っ赤なワインがシェルニアのエメラルドグリーンのドレスに大きなシミを作っている。


いい気味だと、アルベルトは腹の中でせせら笑った。


「私がぶつかった拍子にシェルニア様に飲み物をこぼしてしまったのです」

そう言ってクロエは泣きそうな顔でアルベルトを仰ぎみた。


シェルニアに恥をかかせてやろう。

そんな悪戯な心に踊らされて、アルベルトはクロエを優しい声で慰めた。


「シェルニアは大丈夫さ、な?」

「私は気にしていません、アルベルト様。ご挨拶もなく退席するご無礼をお許し下さい」


そう言ってシェルニアは美しい所作でカーテシーをしてさっさと会場を後にした。

恥をかかされたのはアルベルトのほうだった。

扇越しに聞こえる囁きがアルベルトを攻める。


俺すら利用するというのか…!

怒りで頭が真っ白になったアルベルトは袖を引かれてその怒りを一度収めた。


「ありがとうございます、殿下」

そう言ってクロエがダリアの花のような笑みを浮かべる。

シェルニアと違ってなんと可愛らしいのだろう。

素直で華がある微笑みに愛嬌のある表情。


怒りなど吹き飛んで、アルベルトの脳内はクロエに染まる。


アルベルトは一目でクロエを気に入り、クロエもまた、アルベルトを熱い眼差しで見つめてた。


2人が恋人になるのはすぐのことだった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート