アルベルトがその手紙を受け取ったのは、婚約者であるシェルニアが記憶をなくしたと聞く3日前のことだった。
シェルニアが書いた手紙などどうせ碌なことが書かれていない。
アルベルトはそう決めつけて、その手紙をすぐには読まず、目の前の公務に取り掛かった。
後で後悔すると微塵も思わずに。
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親愛なるアルベルト様
貴方がこれを読んでいる頃には私はこの世にいないでしょう。
もしこの手紙をアルベルト様が読む前に、私の話を聞いてくださったなら、私はこの手紙を貴方から取り返しているはずです。
今からお話しする事はそれほど私にとって恥ずかしい事なのです。
なのでもし、少しでも私に情があるのならこれからお願いする3つのことを心に留めて頂きたいのです。
1つ目は、私が記憶を失ったと聞いても、会いに来ないで下さい。
貴方に会ってしまったら私が記憶を失くした意味がなくなってしまうのです。
たとえ偶然であったとしても声をかけずにそっとしておいてください。
この記憶喪失は故意に起こされた事です。
アルベルト様が気にかける必要などないのです。
2つ目は、これから告げる私の本心を許してください。
これを話さないで記憶を失くした説明が出来ません。
どうかお慈悲を与えてください。
そしてどうか、私の記憶を取り戻そうとしないでください。
私はきっと、何度繰り返しても貴方に恋をします。
それほど私はアルベルト様を長らくお慕いしておりました。
貴方は私を嫌っておいででしたけど…
初めてお会いした時の事を覚えていますか?
私はまだ教育が行き届いておらず、貴方にご挨拶するだけで精一杯でした。
そんな私を貴方はたくさん言葉で笑わせようとしてくれました。
貴方の無邪気な笑顔は私の初恋です。
貴方に好かれていない事はわかっていました。
だから私は貴方の隣に立つに値する存在を目指しました。
アルベルト様と共に過ごす時間はなによりも宝ものでした。
私は可愛げもなく、器量もよくありません。
貴方の婚約者に長らく居座ろうとした私をアルベルト様が好きになってくれない事はわかっております。
いつか来る日に怯えながら居座ろうとした愚かな女をどうかお許しください。
貴方が婚約者にと望む方が現れた時、それが私の決めたいつかでした。
貴方の傍に別の女性が居るのを私は見続けられないほど貴方を愛してしまっていました。
日々、やつれていく私に父が魔女だという方を紹介してくれました。
彼女は記憶を失くすことが出来る力を持っていました。
私が差し出したのは貴方と結婚する時のために伸ばした髪と、両眼の光です。
どちらも貴族令嬢としては生きていけない代物でしたが、私は迷うことなく差し出す事に決めました。
父には迷惑が掛かるからと、修道院に行く事を伝えました。
一番大変な説得の末、私は生きる上で必要な記憶以外を全て無くす事になりました。
記憶を失うことを選んだのは私自身です。
決して貴方のせいではありません。
貴方は新しい婚約者を迎えて幸せになって欲しいのです。
彼女は器量も、優しさも可愛らしさも持っています。
私がもてなかった、貴方の愛も持つことが出来ます。
どうか私の事など忘れてしあわせになって下さい。
3つ目はお願いではありませんね。
貴方のことが大好きでした。
貴方を愛したシェルニアより
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