秀次のいる京を離れ、吉清は大坂にやってきていた。
京にいては、幾度となく秀次から誘いが来てしまう。
そこで、大坂に足を運ぶことで物理的に距離を取ることにしたのだ。
大坂城に入ると、見知った顔に出くわした。
「おお、婿殿ではありませんか!」
「義父上! お久しゅうございます!」
やってきたのは郡宗保だ。吉清の正室である紡の父である。
久しぶりに会えたことに気を良くしたのか、郡宗保が笑みを浮かべた。
「婿殿の活躍は聞いているぞ。先の遠征では、明国侵攻の一番槍だったとか!」
「なんと、お義父上の耳にまで届いていようとは……」
吉清が照れ臭そうにすると、郡宗保が賞賛するように肩を叩いた。
「大坂中で噂になっておる。木村殿こそ、先の遠征の第一功だとな!」
「義父上にそうおっしゃられては、面映うございますな」
そうして、しばし世間話に興じていると、郡宗保がふと思い出したように尋ねた。
「時に婿殿、紡は元気にしておるか?」
何気ない世間話のつもりか、あるいは吉清を責めようというのか。郡宗保の質問に吉清の顔が引きつった。
「は、はい、それはもう……。これから会いに行こうと思っていたところです」
「紡は儂の大切な娘ゆえ、くれぐれも悲しませるようなマネはせんでくれよ?」
「はっ、肝に銘じておきます」
郡宗保と別れると、吉清は早足で城を出た。
「殿、どこへ行かれるので?」
「紡のところだ。高山国から帰ったら顔を出そうと思っていたのだが、すっかり忘れてしまった!」
大坂の町へ走り出した吉清を、小姓の浅香庄次郎が慌てて呼び止めた。
「殿! 屋敷は反対ですぞ!」
「先に土産物を用意する。長い間放っておいたのだ。手ぶらで帰れるか!」
浅香庄次郎が早足で吉清を追いかけた。
どれだけ焦っていても、この抜け目のなさは殿らしい、と思うのであった。
大坂の町で土産物を購入すると、屋敷の門をくぐった。
「今戻ったぞー」
遠慮がちに声を潜める。
自分の屋敷へ入るのに、なぜこうもビクビクしなければならないのか。
そう思うと、急にビクビクしているのが馬鹿らしくなった。
佇まいを正すと、自分を鼓舞するように声を張り上げた。
「紡はおらんかー?」
吉清の声に、屋敷の奥から足音が聞こえてきた。
そうして吉清を見つけると、ぱぁっと花が咲いた。
「お前様!」
「お、おう、今戻ったぞ」
挨拶をするなり、紡が吉清の胸に飛び込んできた。
「まったく……文も寄越しませぬし、顔も見せぬので、心配していたのですよ?」
怒らない紡に面食らいつつ、背中に腕を回した。
「う、うむ。それは悪いことをしたな。奥州再仕置軍の奉行をしたり、高山国を制圧したりで、忙しかったのじゃ」
「わかっております。清久から文で聞いてますから」
「おお、それなら話が早いな」
吉清が感心したように頷いた。
流石は清久。この根回しの上手さは、間違いなく自分譲りだろう。
「清久からすべて聞きました。……本当は、わたくしに会う暇があったのに、横着して会おうとしなかったことも……」
吉清が舌打ちした。
清久め。余計なことを。このクソ真面目なところは誰に似たんだか。
吉清が言い訳を考えていると、紡が吉清の胸に体重を預けてきた。
「……紡?」
「……良いのです」
「えっ!?」
「お前様がこうして無事に帰ってきてくれたことが、何よりも嬉しいのですから」
心から安堵した様子の紡がいじらしい。
ふと、腕の中の紡と目が合った。
長いまつげに潤んだ瞳が、じっと吉清を見上げる。
桜色の唇が、誘うように息をもらした。
抱き締める力を強めると、腕の中で「あっ」と可愛らしい声が聞こえた。力を込めれば折れてしまいそうな華奢な体つきが、着物越しに伝わってくる。
手を這わせると、女性らしい曲線を描くくびれを通り、ほどよく肉付きのいいお尻にたどり着いた。
指先から己の熱を伝えるように撫でると、腕の中で紡が身をよじった。
「んっ……」
無意識にでたものか、艶っぽい声が脳を舐める。自然と呼吸が荒くなっていくのがわかった。
ふんわりと漂うクチナシの香りが、吉清の理性を溶かしていく。
吉清の中で、むくむくと情欲が膨れ上がっていくのがわかった。
「紡っ……!」
「んっ……」
紡の唇を強引に奪うと、着物の胸元に手を差し込んだ。
「こ、ここでするのですか……? せっかくお前様が帰ってくると聞いたので、布団を敷いて待っていましたのに……」
「そうか。では、二回目は布団でやろう」
「お前様……!」
そうして、会えなかった時間を埋めるように、お互いの愛を確かめたのだった。
思う存分夫婦仲を確かめると、二人は乱れた布団の上で生まれたままの姿で寝そべっていた。
吉清の腕を枕にして、紡が吉清の胸に「の」の字を書いた。
「またすぐに帰ってきてくれ、などとワガママは言いませぬ。
……ですが、たまにで良いので、わたくしに会いに来てください。
わたくしを、お前様で満たしてください……」
「うむ。心得たぞ!」
紡の懇願に、吉清は力強く頷いた。
この時、吉清は慢心していた。
一度ハメてしまえば、すべてが元の鞘に収まるのだと。
身体を重ね、絆を深めれば夫婦の溝も容易く埋まるのだ、と。
完全に油断しきった吉清に、「それと……」と紡は言葉を続けた。
「……外に女を作ったら、承知しませんから……!」
「の」の字を描いていたはずの指先が、ぐりぐりと吉清の胸に押し付けられる。爪先が肌に食い込み、血が出てしまいそうだ。
「お、おう、気をつけよう」
この時、吉清は決して外に女を作らないと心に誓うのだった。
しかし、後に侍女にお手つきしたことがバレ、大目玉を食らうこととなるのだった。
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