雪が溶けると、和賀稗貫一揆の残党を討伐するべく軍を興した。
四釜隆秀や小幡信貞が城は占拠していたので、あとは和賀、稗貫領内に残る反乱分子の排除である。
御宿勘兵衛に軍をまとめさせ、領内の残党狩りをしたところ、一揆の首謀者の首を挙げることに成功した。
これにて和賀稗貫一揆の鎮圧は完了したが、依然として吉清は帰ってこなかった。
これからどうやって論功行賞をかわしていこうか。そう考えていた清久の元に、吉清から書状が届いたのだった。
「父上から手紙が?」
渡された書状を広げ、中身に目を通す。
曰く、
『すまん、しばらく領地には戻れない。
いま、京で奉行の仕事をしている。
夏頃までには帰るから、論功行賞はそっちでうまいことやっといて』
とのことだ。
「父上から、論功行賞をするように申しつけられた」
清久がポツリとつぶやくと、側に控えていた荒川政光がにこりと笑った。
「ご心配なく。いつ始めてもいいよう、各々の武功をまとめてございます」
「さすがは政光。用意がいいな」
合戦で活躍した者たちの武功が記された紙に目を通すと、ううむと首をひねった。
「しかし……こちらの出した恩賞に不満を持たれたらどうしたものか……」
「それでは、京より届いた土産を使うとしましょう」
「土産?」
この日、登城するようにとの命を受け、四釜隆秀は寺池城に向かっていた。
「論功行賞と戦勝祝いの祝賀を行う、か……」
「それにしてはずいぶんと遅いじゃねぇか。もう年が明けちまったぞ」
南条隆信の言葉に、一栗放牛が頷いた。
「恩賞をもらう前に、寿命でぽっくり逝ってしまうかと思うたわ」
「ははっ、じーさんに限ってそれはねぇよ」
「うむ、違いない」
二人が笑っていると、清久の待つ寺池城が見えてきた。
あちこちに散らばった国衆や、城下に住んでいる旧北条家臣たちは大広間へ集められると、清久が上座に座った。
皆を見回し、清久が声を張り上げる。
「これより、先の葛西大崎の乱、和賀稗貫一揆鎮圧の論功行賞を始める。まずは小幡信貞、前へ出よ」
「はっ!」
前に出た小幡信貞は、清久の前に平伏した。
武功を読み上げ、感状を渡す。
「俸禄を500石に加増する」
「はっ、ありがたく頂戴します」
感状を受け取ると、元の席へと下がっていった。
「次、四釜隆秀、前へ」
「はっ!」
清久の前に平伏すると、感状を受け取った。
「そなたの俸禄を300石の加増とする」
「はっ、その、土地ではなく俸禄というのは……?」
「当家では土地ではなく蔵米から報酬を出すことにしている。隆秀には、毎年当家から300石分の銭を渡そう」
「……はっ」
四釜隆秀といえば、葛西大崎の乱では氏家軍を足止めし、和賀稗貫一揆では二子城を占拠し、一揆軍が籠城するのを防いだ。
国衆の中では、抜群の戦果と言える。
その隆秀でさえ、恩賞がその程度とは……。
南条隆信と一栗放牛が密かに肩を落とした。
(思ったほどでもないというか……)
(まあ、こんなものか……)
国衆たちの落胆をよそに、清久は刀を取り出した。
「そして、これを授けよう」
ひと目でわかる、鍛え抜かれた刀身。刻まれた銘に、思わず声がうわずった。
「こ、これは……」
「備前長船兼光だ。父上から是非隆秀にと申しつけられてな」
「はっ、ありがたく……!」
感激のあまり、目の端に涙を浮かべる。
「次、南条隆信、前へ」
「はっ!」
清久に呼び出され、期待に胸を膨らませた南条隆信が前へ出た。
こうして、できるだけ家臣に領地を配分することなく、給料のような形で銭を配ることで、それとなく蔵米知行制へと移行していった。
また、京から送られた高価な品を恩賞とすることで、武士たちの不満をかわしたのだった。
論功行賞が終わると、戦勝祝いの宴会が始まった。
近海で取れた魚を始め、旬の素材をふんだんに使ったご馳走が並んでいる。
中でも、一際異彩を放つ菓子を手に取った。
「これがコンペイトウなる、南蛮菓子か」
南条隆信が一つ口へ放り込んだ。
「うまいな。うん、イケる味だ。甘さが口の中で溶けてゆくぞ」
「では、儂も一つ……うん、うまい! いやぁ、長生きはするものじゃな!」
各々が料理に舌鼓を打つ中、清久が立ち上がった。
「では、父上が京より取り寄せた酒を振る舞うぞ!」
「おおっ……!」
南条隆信を始め、家臣が期待に胸を踊らせた。
目を輝かせる家臣たちを尻目に、清久は吉清の残した秘密兵器を取り出した。
「そして、これが父上の俸禄3ヶ月分の、秘蔵の酒じゃ! 今宵はこれを空けようぞ!」
酒瓶を高々と掲げると、あちこちから歓声が聞こえた。
酒を注がれ、隆信が幸せそうに盃を傾けた。
「くぅ〜〜効くのぉ〜〜〜〜」
家臣たちに酒を振る舞っていると、密かに政光から耳打ちされた。
「なに? 京より取り寄せた酒が、もう全部なくなった?」
「南条殿が、全部飲んでしまったようで」
ちらりと隆信の様子を窺う。
「……まだまだ飲み足りなそうにしてるぞ」
「……こうなれば、入れ物はそのままに、中身に安酒を詰めておきましょう」
「頼んだ」
政光に任せると、気を取り直して声を張り上げる。
「いやいや、良い飲みっぷり! ささ、皆も遠慮なく飲むといい」
こうして、祝賀は一晩中行われることとなった。
夜が明け、家路につこうと背を向ける国衆たちを、清久が呼び止めた。
「皆に土産を渡そう」
一人ずつ小さな巾着袋を渡された。
「昨夜の酒宴で出したコンペイトウじゃ。向こうで妻子や家臣に配ってやるといい」
土産を持たされた国衆は、意気揚々と領地へ帰っていったのだった。
来た道を戻る傍ら、四釜隆秀がつぶやいた。
「まさか、土産まで持たせてくれるとはなあ」
「この味をどう伝えたら良いものか、悩んでおったのだ。土産に持たせてくれるのなら、話は早い」
一栗放牛の言葉に、南条隆信が頷いた。
「しかし旨い酒だったな! さすがは殿の俸禄3ヶ月分よ!」
(途中から安酒に変わっていたが……)
(本人がいいというのなら、それでいいか)
恩賞と祝宴の余韻を胸に、気持ちを新たに木村家に奉公しようと思うのであった。
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