挙兵の知らせを聞いて、すぐに各地の家臣たちに知らせを送った。
多くの葛西大崎の旧臣たちが服属を誓ったとはいえ、信が置ける者は少ない。現に、知行安堵の書状を出した者の中にも兵を興した者がいる。
一月前に人質を出すようふれを出したというのに、未だに出さない者も少なくはない。
表向きでは従っているふりはしているものの、腹の中ではこちらを疎ましく思っているのか。
とはいえ、急造の家臣団ではそういった不確かな存在に左右され、場合によっては彼らに縋らなければならない。
比較的に信用できる者となると、いち早く人質を出してきた四釜隆秀や南条隆信、一栗放牛くらいのものか。
他の家臣たちに寺池城参集の命令を出しつつ、四釜隆秀らには別の命令を出すことにした。
挙兵したのは、伊達、最上領にほど近い宮崎の地を治める宮崎隆親。南部領にほど近い胆沢の柏山明吉。木村領の中央に位置する岩手沢の氏家吉継。寺池城から遠くない、気仙の浜田広綱の4名。
同時に挙兵したことから、ある程度繋がってはいるだろうが、実質的には分断されている状況だ。であれば、各個撃破が可能であると言える。
知らせを聞いてすぐさま徴兵のふれを出すと、5000弱の兵が集まった。港の建設にあたっていた住民を連れて来ただけあって、さすがに早い。
ほとんどの者が着の身着のままとはいえ、この時に備えて武具は用意してあった。彼らに持たせれば、即席足軽の完成だ。
家臣たちにも自領での徴兵を命じており、集まった兵は3000。各々の居城を守るだけの兵を残すよう伝えたので、これだけ集まるだけで上等だ。
ここに先程の5000を足して、木村軍は8000にまで膨れ上がった。
集まった兵たちを見回し、吉清はぽつりと溢した。
「儂なりに善政を敷いたつもりであったが、やはり一揆が起こってしまったか……」
側に控えていた荒川政光が首を振った。
「……いえ、一揆というより、新たな領主をよしとしない反乱でしょう」
「……そうなのか? 一揆ではないのか?」
「ええ、殿の統治に非はありませんでした。現に、直轄地では反乱どころか、不満らしい不満もないと聞いております」
「……儂に忖度しておるのではないか?」
ジロリと睨むと、大袈裟に首を振った。
「滅相もございません。それがしも無用な一揆を起こすまいと心血を注いでおりました故、これだけは断言できまする。これほど困難な地で、殿はよく統治されました。ここまで手を尽して乱を防げなかったというのなら、それはもう天命と言わざるをえません」
「そうか……」
本来であれば、荒川政光は他家出身でありながら佐竹家の家老となり、内政において活躍をした武将だ。のちに江戸幕府も参考にしたと言われる渋江田法を作り出し、久保田藩の基礎を築くことになるのだが。
それほど内政に手腕を発揮した男にここまで褒められたとなると、どことなく自信が湧いてくる。自分の統治は、間違っていなかったのだと。
「おぬしが言うのなら、そうかもしれぬな」
集まった諸将を前に、軍議が始まった。北条家より吸収した家臣である、小幡信貞が口を開いた。
「宮崎にて宮崎隆親が。岩手沢にて氏家吉継が。胆沢にて柏山明久が。気仙にて浜田広綱が挙兵。続々と兵が集まっているとのよし」
ううむ、と吉清が唸った。
おそらくこの状況は、正史よりもよい結果となっているだろう。ただ、それでも依然として予断を許さない状況に変わりはなかった。
8000の兵がいるとはいえ、それだけの兵を賄うための兵糧は不足している。港の建設地には5000人を食わせるだけの物資があったはずだが、この騒ぎで放置されてしまっている。
また、この辺りは雪が降ることもあり、できるだけ時間をかけたくはない。現に、史実の一揆鎮圧は積雪のせいで年を跨いでしまっている。
最も困るのは、港の建設地に最も近い浜田広綱に食料を奪われ籠城されることだ。
そうなれば、雪深い地で攻城戦を余儀なくされ、春までの落城は絶望的と言える。
命令を与えるべく、ぐるりと辺りを見回した。
「放牛は宮崎へ、隆秀は岩手沢へ向かえ。無理に攻める必要はない。連中を合流させず、足止めするだけで十分だ」
「はっ」
「かしこまりましてございます」
「隆信は胆沢を任せる。…………南部の動きがきな臭いゆえ、注意を怠るなよ」
「はっ!」
「その他の者は港の兵糧を城内に運び入れ次第、気仙へ向かう」
「「「はっ!」」」
各々が席を立つのを見届けると、同じように立とうとした垪和康忠を捕まえた。
「おぬしに急ぎ使いを頼みたい」
「どちらまで行けばよろしいでしょうか」
「黒川城の蒲生殿のところだ。此度の反乱は裏で伊達政宗が扇動している恐れがある、とな」
これは賭けだ。証拠もなく、未来の知識で先読みしているだけにすぎない。言うならば、過程を無視して結果だけを求めようという行為だ。
それでも、何らかの形で伊達政宗が噛んでいるのは間違いないと思っていた。
「確たる証拠があるわけではないが、下手に手を出されても困るゆえ、くれぐれも伊達政宗から目を離さないでほしい、と」
「かしこまりました。必ずや蒲生様にお伝え致しましょう」
垪和康忠を見送ると、吉清はため息をついた。
自分が一揆勢を打ち倒し、伊達政宗が関与した証拠を掴めば自分が勝ち。
一揆勢に敗れるか、伊達政宗が関与した証拠を見つけられなくても自分の負けとなる。
もしも負けたら……。
弱気が鎌首をもたげ、慌てて首を振った。
自分は出来るだけのことはやった。この地で善政を敷き、万一の時に備えて軍備も整えた。バックアップをさせるべく、蒲生氏郷に報告もした。これ以上ないくらい備えに備えを重ねた。
その上で失敗したとして、いったい誰が自分を責められようか。いったい誰が自分を糾弾できるというのだろうか。
ふと、先程の荒川政光の言葉が脳裏によぎった。
「天命、か……」
荒川政光は、この乱は天命であり吉清に非はないと言った。
では、仮に吉清が破れることになれば、それも天命と言えるのではないだろうか。というより、正史ではこの一揆がきっかけで失脚するのだから、むしろ自分が失脚することこそ天命なのではないか。
そうならないよう、様々な準備をしてきたつもりではあったが、すべてが天命で決まるというのなら、それさえも無駄であったというのか。
ともあれ、自分はやれるだけのことはやった。民を苦しめないように努め、葛西、大崎の旧臣たちも重用した。それでも反乱が起きてしまったのなら、これ以上考えても仕方がない。起きてしまった以上、あとはもう祈ることしかできないのだ。
軍議が終わり、忙しなく働く家臣達を見て、吉清はなんとも言えない気分になった。
人事を尽くして天命を待つという言葉があるが、その意味を身を持って理解した。なるほど、人はこれ以上手を尽くせぬ時に、天に祈るのか。
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