秋田季勝は、秋田家当主である秋田実季の弟として生まれた。
家中の権力は兄である実季に集中しており、季勝の権力は無いに等しい。
今回、季勝が木村家の人質となった背景には、そうしたところからくる厄介払いという意味合いもあった。
それでも、今回の機会をモノにして、家中における発言力を増そうという狙いがあった。
「これが高山国か……。つい最近木村様の領地となったと聞いたが、これほど大きいとは……」
明風の建築にも驚いたが、何より目を引いたのは、海の水を引いて造られた、大量の造船所だった。
これだけで、いかに木村家が水軍力強化に力を入れているかがわかるというものだ。
そうしてキョロキョロと見回していると、身なりの良い武士がやってきた。
「貴殿が秋田季勝殿か」
秋田季勝が頭を下げる。
「いかにも、それがしは秋田季勝と申します」
「拙者、梶原景宗と申す。此度は遠路はるばる、よう来られましたな」
そうして町へ降りると、気になっていたことを尋ねた。
「梶原殿、ずいぶんと造船所が並んでおりますが、木村家ではこれほどの水軍を運用しているのですか?」
「再び明と戦になるやもと聞き、今から船を造っているのだ。石巻にも造船所があるのだが、かの地だけでは造船が追いつかんのでな。……この地に、石巻に次ぐ造船所を建設したのだ」
梶原景宗の説明に、秋田季勝が「なるほど」と頷いた。
(まあ、葛西や大崎旧臣による土地のしがらみが無い分、石巻よりこちらの方が開発が楽なのだが)
もちろん、木村家の内情を話すわけにもいかないため、景宗はぐっと飲み込んだ。
「それに、高山国を抱えたことで、木村家の領地は飛躍的に増えることとなった。
今や、石巻〜高山国間の航路は、木村家における生命線も同じよ」
さらりと木村家における急所を告げる梶原景宗に、秋田季勝が動揺した。
「……よ、よろしいのですか? 人質である私に、そのようなことを話しても……」
「かまわん。当家の金の流れを探れば、すぐにわかること。だからこそ、殿も容易くこの航路が途絶えぬよう、水軍力の増強に躍起になっておられるのだ」
秋田季勝が頷いた。
秋田家も蝦夷や畿内との商いで力をつけた家である。
今でこそ津軽や南部に圧迫されているが、秋田家が力をつけるためには、木村家から学べるものが多いのではないか。
秋田季勝がそんなことを考えていると、部下からの報告を聞いた梶原景宗が声を荒らげた。
「何!? ルソンの日本人町で倭寇が出た!?」
こうしてはいられない。すぐさま、梶原景宗は倭寇討伐隊を組織した。
散々明の沿岸を荒らし回り、破壊や略奪をしてきた身である。
略奪がどれだけ木村家に被害を及ぼすのか、容易に想像できる。
それだけに、いち早く鎮圧する必要があった。
旗艦に乗り込もうとして、ふと視線を感じ、景宗が振り向いた。
「……秋田殿も乗ってみますかな?」
「ぜっ、是非!」
甲板から海を眺め、水面までの高さに秋田季勝は驚いた。
「やはり、陸から見るのとでは一味違いますな。この大きさ、乗ってみなくてはわかりませんぞ……!」
「左様、この船は日ノ本で一、二を争う大きさだからな」
感動する季勝をよそに、日本人町を荒らした倭寇を発見すると、すぐさま臨戦態勢に入った。
配下の倭寇に向けて指示を飛ばす。
「当家の海を荒らしたらどうなるのか、奴らに教えてやれ!」
「了承!」
配下の倭寇が頷くと、大砲が火を吹いた。
一発目は船に当たることなく海面に着弾した。
水柱が立ち上り、水飛沫が舞い上がる。
「今練習! 次本番!」
「我鉄砲之名手! 百発百中確実!」
言い訳を始める倭寇たちに、梶原景宗が怒鳴りつけた。
「バカヤロウ! 全部本番だ! とっとと次撃て!」
手早く装填を済ませた倭寇が、景宗に報告に上がった。
「我早漏! 発射準備完了!」
「よし、撃てェ!」
景宗の声に合わせて砲弾が発射される。
着弾の直前に倭寇たちが海に飛び込むのと同時に、倭寇の船が吹き飛んだ。
敵船が大破する様を目の当たりにして、秋田季勝が興奮した。
「敵の船が木っ端微塵になりましたぞ!」
「後は、倭寇の根城を探して叩くだけじゃ」
そうして、敵の倭寇を捕虜にすると、本拠地を吐かせるべく拷問を始めるのだった。
間近で倭寇との戦いを見た、秋田季勝の心は踊っていた。
木村家の水軍は、なんと強く逞しいのだろう。
かつて、秋田氏の前身である安東家では、強力な水軍力を生かし蝦夷や大陸を股にかける交易網を持っていた。
しかし、時を経るごとに弱体化が進み、次第に衰退していった。
父である安東愛季が中興の祖となり、安東家を盛り立てていった。
その愛季が志半ばで亡くなると、その隙を突くように一族内で反乱が起こったり、津軽為信や南部信直との争いが激しくなり、今日に至るまで弱体化が進んでいた。
木村家を参考にすれば、かつての栄華を取り戻せるのではないか。
ひいては、自分も木村家のような水軍を持てるようになるのではないか、と。
そう結論づけた秋田季勝は、高山国の地で造船や水軍運用について学ぶのだった。
後に、秋田家は奥州の日本海側における、最大の水軍を保有するようになり、木村家に傭船として水軍を貸すまでに成長するのだった。
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