夫婦の営みを終えると、吉清は土産にと持ってきた袋を漁った。
「そうそう、紡に土産物を持ってきたのだ」
「まあ! そんな気を使わずとも……。わたくしはお前様の顔が見られただけで、満足ですのに……」
そう言いながらも、紡は期待に満ちた目で土産を受け取った。
吉清に促されるまま箱を開けると、中には香炉が入っていた。
「まあ! お香ですね!」
「うむ。町で見かけた時に、紡の顔が浮かんでな……。これは紡に贈らねばと思ったのじゃ」
嘘は言っていない。
紡の元へ来る途中に、機嫌を損ねないようにと大坂の町で調達しただけであって、間違ったことは言っていない。
露骨なポイント稼ぎだが、紡は気に入ったらしく、うっとりと目を細めた。
「ありがとうございます。お前様からの贈り物、大切にしますね」
「う、うむ」
紡からまっすぐな好意を向けられ、つい目を背けてしまう。
こんなに喜んでくれるなら、もっと真面目に選べば良かった。
バツが悪くなった吉清は、「そういえば……」と話題を変えることにした。
「早いところ、清久の嫁でも決めんとなぁ……」
「清久もいい歳ですからね。そろそろ縁組をしても良いかもしれません」
「それなのだがな……。既にいろいろと打診が来ているのだ」
津軽、松前、秋田、南部といった、木村家の与力となっている東北大名から、「是非、当家の姫を清久の嫁」にと打診が来ていた。
それだけ吉清が、ひいては木村家が信頼されているということでもあり、彼らの提案は素直に嬉しい。
しかし、どこかと縁を結べば、他の家に角が立つのも事実であった。
元来、敵対関係であった彼らを、吉清が寄り親となったことで一応のまとまりは見せているが、水面下では敵愾心を燃やしていることも理解していた。
「特に津軽と南部は犬猿の仲だしな……。こうなれば、いっそ公家と婚姻したほうがいいのやもしれん……」
とはいえ、初対面の相手に「お宅の娘を嫁に欲しい」などと、バカ正直に伝えられるはずもない。
こういったことには、順序が必要なのだ。
婚姻には相手の家格や財力、政権への影響力や、コネが大きく関わってくる。
財力と影響力に関しては持ち合わせているが、木村家にはもっとも重要なコネがないのだ。
とくに、公家が相手となればコネがなくては、まず話もできない相手である。
さらに、相応の教養が必要ということもあり、今の吉清にはハードルが高い相手に違いなかった。
こういうことなら、豊臣家と公家のパイプ役となっている前田玄以と仲良くしておけばよかった。
吉清が後悔していると、紡が手を叩いた。
「まあ! そういうことでしたら、わたくしに任せてください」
「公家に伝手でもあるのか?」
「いいえ。されど、わたくしの父が前田玄以様と仲が良いと聞きましたので……」
「そうか、では、そちらは任せたぞ」
「はい! お任せください!」
吉清に頼られ、紡が嬉しそうに微笑んだ。
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