豊臣政権内で吉清と親しい者は多い。
考え方や価値観の近い亀井茲矩や、和賀稗貫一揆から一目置くようになった浅野長政。
兵站管理や横領のいろはを教えてくれた長束正家。従兄弟の木村重茲などが挙げられるが、その中でもっとも親しく、世話になったのが蒲生氏郷である。
吉清の兄貴分として面倒を見てくれており、同じキリシタンであるのを抜きにしても、ずいぶんと目をかけてくれた。
その氏郷が病気になっていると聞き、吉清は見舞いに訪れていた。
「……木村殿か。よく来たな」
起き上がろうとする氏郷を、吉清が制した。
「いえいえ、そのままで結構にございます」
持参した土産を小姓の名古屋山三郎に渡しつつ、久しぶりに世間話に興じた。
聞くところによれば、氏郷の容態は文禄の役で吉清が高山国に渡っている間から悪くなっていたらしい。
名護屋城に留まっていたところを急遽帰国させ、京の屋敷で療養することとなった。
秀吉や家康、利家が日本中から名医を集めるも、氏郷を回復させるに至らなかった。
なおも療養を続ける氏郷に、吉清としてもできる限りのことをしようと思っていた。
(聞くところによると、儂を旧葛西大崎領へと推挙したのも、蒲生様だというしな……)
真相はどうあれ、吉清はそのように聞かされていたこともあり、氏郷の治療に陰ながら全力を尽していた。
明から奴隷として連れてきた医者や、南蛮人の医者を送り込み、氏郷の回復を日々祈る。
そうして、今日は見舞いに訪れたのだが。
「……やはり、良くないのか?」
「はっ、医者も手を尽してくれていますが、芳しくないと……」
氏郷の小姓、名古屋山三郎が目を伏せた。
ここまで手を尽しても、氏郷を助けられないのか……。
吉清の中に諦めに近いものが漂う中、ふと、名古屋山三郎が何かに気がついた。
「……そういえば、木村様は明で虎狩りをされたのでしたな。虎の骨は漢方薬の原料になると聞きます。殿のためにお譲りしていただくわけにはまいりませんか……?」
吉清が顔を引きつらせた。
吉清が虎狩りをしたのは真っ赤な嘘だが、一縷の望みに縋ろうとする忠臣に、断る言葉が見つからない。
吉清が視線を彷徨わせた。
「そ、そういえばそうであったな。た、たしか屋敷にあったような……。すぐに持って参る」
吉清は早足で蒲生屋敷を後にした。
一度屋敷に戻ると、早馬に乗り町医者のところへ向かった。
「御免、ここに虎の骨は置いてないか!?」
「すみませんが、今は切らしておりまして……」
話の途中で医者のところを出ると、商人の元に向かった。
馴染みの商人が笑顔で挨拶をする。
「おお、これは木村様! 木村様のおかげでいつも儲けさせて頂いております……して、今日はどういったご用件で?」
「虎の骨は置いてないか!?」
「あいにくと切らしておりまして……ですが、熊の骨ならありますぞ」
虎の骨と熊の骨。名前こそ違うが、両方とも肉食哺乳類には違いないのだ。中身や効果も大差ないだろう。
「この際それでいい! それをくれ!」
こうして、吉清は熊の骨を持って蒲生家の屋敷に乗り込んだ。
「持ってまいりましたぞ!」
すぐさま医者に調合させると、蒲生氏郷に差し出した。
「……いかがでしょうか?」
「……虎の骨を口にしたのは初めてだが、熊の骨と似た味だ」
吉清の背筋から、嫌な汗が流れた。
「……………………熊の骨を口にしたことがおありで?」
「うむ。以前、家臣が熊を狩ったと言っておってな。その折に……」
「さ、さようでございますか……」
吉清が何とも言えない気分になっていると、氏郷が立ち上がった。
「……木村殿のおかげで元気が湧いてきたぞ!」
「……おお、それはようございました」
背中にびっしょりと冷や汗をかきながら、氏郷が元気を取り戻したことに安堵するのだった。
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