木村吉清とかいうマイナー武将に転生して、30年近く経過した。
それからというもの、天下を掌握しつつあった信長につき、本能寺の変以降は秀吉についた。
小田原征伐が終わり、秀吉の天下統一事業もいよいよ大詰めを迎えたところで、さてそろそろ家康と接近しようと思っていた矢先のことだった。
秀吉の懐刀である蒲生氏郷と共に、秀吉の元へ招集された。
挨拶もほどほどに、石田三成が淡々と読み上げた。
「蒲生飛騨守殿には伊達から取り上げた会津黒川42万石を任せる」
「はっ、しかと承りました」
蒲生氏郷が深々と頭を下げた。
「木村伊勢守殿には旧大崎、葛西領30万石を任せる」
吉清は耳を疑った。
「は!? そ、それがしが30万石の大名となるのでございますか?」
それまでの5000石の知行から、一気に30万石の大名となる。石高60倍の大出世である。
降って湧いた出世話に、理解が追いつかない。
果たして自分は、そこまでの武功を上げてただろうか。奉行として検地をしたり、奥州仕置きで大将首を上げたくらいだが、それだけで30万石というのは、あまりに異常だ。
もしや、からかっているのか。いや、この場で冗談など言うはずがない。だとすれば……。
吉清の困惑を察したのか、秀吉が射抜くようにこちらを見た。
「不服か?」
「い、いえ、滅相もございませぬ。しかと、承りましてございます」
吉清が頭を下げると、満足そうに笑みを溢した。
秀吉が歩み寄り、木村吉清、蒲生氏郷の手をとった。
「今後、氏郷は吉清を子とも弟とも思い、吉清はまた氏郷を父とも主とも思い、頼りにするがよい。
二人は京都への出仕はやめて、奥州に睨みを効かせてくれ。もしものことがあれば、氏郷は伊達政宗を督促して先陣させ、吉清は後陣に続いて非常時に備えよ。……よいな?」
「「はっ!」」
秀吉の元を後にして、蒲生氏郷と城を出た。
「殿下の仰った通り、何かあればすぐに私を頼るといい。いきなり30万石の大名となったのだ。何かと勝手がわからぬこともあるだろう」
「はっ、頼りにさせて頂きまする」
ちらりと蒲生氏郷の顔を窺うも、どうも浮かない様子だ。
「あの、蒲生様。何か気になることでもございましたか?」
「……いや、大したことではない」
遠く西の空を見上げて、
「ただ、国替えになるのなら、東国ではなく、狭くとも西国が良かったと思ってな。こんな田舎では、せっかくの武功の機会を失ってしまう」
「蒲生様……」
かけるべき言葉が見つからず、吉清が困惑していると、蒲生氏郷はハッと我にかえった。
「今の話は忘れてくれ」
そう言い残して、逃げるように足早に去っていった。
与えられた宿舎に入り、床につく。
夢の中で、吉清は新たに与えられた領地に入った。
息子である清久と領地に入り、新たに家臣となる浪人を登用した。元は5000石の旗本。今はどれだけ人手があっても足りない状況だ。
浪人を登用する傍ら、領内で検地を行い、旧葛西、大崎家臣を帰農させるべく刀狩りを行った。
自分の目指す国とは、信長や秀吉の作った、国主が力を持つ国だ。それには、旧勢力である葛西、大崎の力は削いでおきたい。何より、土着した豪族など必要ない。
秀吉の期待に応えるべく奮起したつもりだったが、領地の経営はうまくいかなかった。
新たに召し抱えた家臣は領内で乱暴狼藉を働き、検地によって厳しい年貢を課せられた領民に不満が溜まった。刀狩りの対象となった地侍たちも吉清の統治に不満を募らせ、彼らの怒りは頂点に達した。
領地に入って一月も立たずに一揆が起こると、息子と共に籠城する羽目になり、そこは一揆の支配する国となった。
蒲生氏郷と伊達政宗によって救出されるも、東北最大の一揆となっていた葛西大崎一揆の鎮圧には年を跨がねばならないほどで、事の大きさに背筋が震えた。
改易され、蒲生氏郷の客将となった後も、胸の奥で燻る慚愧の念に苛まれた。
どこで何をすれば、このような事態は防げたのだろうか。そんな想いが、頭の中で渦巻き──
「──はっ!」
反射的に、吉清は飛び起きてしまった。汗をかいてしまい、ぐっしょりと濡れた寝間着が夜風で冷える。
辺りを見回し、そこが自分の領地ではなく、それどころか領地に向かってさえいないことに気づき、ようやく緊張が解けた。
酷い夢だった。
これが自分の未来の姿だというのか。そうは思いたくない。だが、あまりにも現実味を帯びた夢と、頭の中で鳴り止まない警鐘が、ただの夢ではないことを教えてくれる。
思い出せ。自分は何か、とんでもないことを忘れているのではないか。
「──あっ!」
頭の中で、前世の記憶と夢が繋がっていった。
葛西大崎一揆。奥州仕置き後に起こった、東北最大の一揆で、強引な統治手法に反発した国人たちが蜂起したというものだ。
葛西、大崎領を任されたのは、たかだか5000石の旗本。人材も居なければ経験もないとはいえ、あまりにひどい。
これを防ぐには、旧葛西大崎の家臣を召し抱え、少ない直臣を補うべくどこかから優秀な家臣たちを手に入れなければならない。
統治者が変わったばかりの不安定な土地を治めるのだ。まずは一揆を起こさないよう、内政に優れていること。仮に一揆が発生しても鎮圧できるように、それなりに武勇にも優れていればなお良い。
だが居るだろうか。そのような人材が。
そこまで考えて、吉清はハッと思い至った。
居るではないか。内政に優れた人材が、大量に。──関東に一大帝国を築き上げた、北条の家臣たちが。
善政と名高い北条の統治を支えた、内政に優れた者。武田、上杉としのぎを削った、武勇に優れた者。北条200万石を支えた家臣たちが。
彼らを勧誘するべく、吉清は急ぎ小田原へ向かった。
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