明で略奪した大量の銀は、その多くが吉清の懐に入り、木村家の財政を潤すこととなった。
そうして西国の商人や南蛮貿易を行う商人と懇意にしていた木村家では、支払いに銀を用いる機会が増えていたのだが。
「どうしたものかのう……」
何人もの商人を別室に待たせ、吉清は頭を抱えていた。
彼らへの支払いには銀を用いることになっているのだが、銀の多くは高山国の台中に保管してある。
取りに行かせるにも、今は船が出払っている。
「とりあえず、支払いを待って貰いましょうか」
「いや、それはならん。あんまり遅れては、当家の信用に関わるからの」
吉清の武士らしからぬ言に、清久はため息をついた。
「では、こうしましょう。銀と交換できる証文だけ渡して、後で交換をさせるのです。これなら、商人たちも納得しましょう」
清久の提案に、家臣たちが沸き立った。
「おお、それだ!」
「さすがは若様!」
騒ぐ家臣たちをよそに、吉清の頭に天啓が舞い降りた。
「証文か……」
「……父上?」
「ああ、いや、うむ。商人には証文を渡しておけ。儂はちとやることができたのでな」
吉清は石巻に戻ると、留守居役を任せていた荒川政光を呼びつけ、すぐさま領内の紙職人や版画を彫るための木工職人を招集した。
「お主らには、他の者が真似できない紙作りと、日ノ本一精巧な細工を作ってもらいたい」
首を傾げる職人たちに、吉清は今回の趣旨を説明した。
こうして、木村家では商取引をより活発にできるよう、いつでも銀と交換できる札、銀札を発行することとなるのだった。
出来上がった銀札を手に取り、荒川政光が不安げに尋ねた。
「たしかによく出来ておりますが……。本当にこれで商業が活発となるのでしょうか?」
「まあ見ておれ。銀の良いところはどこに持って行っても価値が高いことだが、悪いところは重くて運ぶのに一苦労することじゃ。この銀札があれば、手元に銀がなくとも商いができるというわけよ」
「なるほど……」
わかったようなわからないような面持ちで、荒川政光は頷いた。
始めは半信半疑だった商人たちも、確実に銀と交換できることがわかると、この利便性に目をつけ、さらに商売が活発になっていった。
多数の商船が訪れ賑わいを見せる石巻を眺め、荒川政光は感嘆の息を漏らした。
「殿のおっしゃった通りだ……」
吉清の言った通り、石巻の町はさらに栄えた。
それまでは証文を商人ごとに発行していたが、木村家が銀札の発行を行ったことで、どこでも使える、一定の価値が担保された紙幣として機能するようになり、銀のみならず銀札にも価値が生まれるようになった。
また、商売に銀札を介することで、大きな取引もスムーズに行えるようになった。
活気を見せる港を眺め、荒川政光は思った。
──同じように、金と交換できる金札や、銭と交換できる銭札も発行すれば、さらに栄えるのではないか。
そう思い立った政光は、京に戻った吉清の元に使いを飛ばすのだった。
そうして木村領の石巻、樺太、台北、台中、ルソンに銀札が浸透していくと、その影響力は各地に広がっていった。
この銀札にいち早く目をつけたのは、台南を統治する亀井茲矩であった。
高山国に飛び地を抱える亀井茲矩も、吉清と同じように決済に用いる銀の流動性に限界を感じていた。
そのため、亀井領台南でも銀札の使用を奨励し、木村銀札と互換性のある、亀井銀札の発行に踏み切った。
のちに、この流れは木村領、亀井領のみならず、吉清の与力となっている東北大名たちにも広がっていくのだった。
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