石巻へ帰ると、荒川政光をはじめ、家老で大崎衆の一栗放牛、槍術や馬術に優れた中山照守が出迎えた。
「殿、お久しゅうございますな!」
一栗放牛が笑った。
想像以上に元気な様子に面食らいつつ、四釜隆秀にこっそり耳打ちした。
(思ったより元気そうじゃが、今年で幾つになるのだ?)
(さて……。それがしが若武者の頃から今のような感じでしたからな……)
一栗放牛は高山国やルソンへは連れて行かず領内に残し、新たに組織する常備兵の訓練に当たらせていた。
間もなく寿命だろうということもあり、生まれ育った故郷の土に埋めてやりたいという、吉清からの心遣いであった。
(しかし、ここまでしぶといのは想定外だぞ)
(まあ、良いことではありませんか。一栗殿が亡くなっては、後釜に一苦労しそうですからな)
隆秀に釣られ、吉清も笑みをこぼした。
一方、同じように常備兵の訓練を任せていた中山照守を見ると、なぜか全身傷だらけになっていた。
「……なぜそんなにボロボロなのだ?」
「聞いてください。一栗殿が『一軍の将たるもの兵に混じって鍛錬せねば』とおっしゃるもので、兵たちと共に訓練していたのです」
新たに常備兵500を練兵するにあたり、吉清は精兵を作ろうと決めていた。
そこで、馬術、槍術、弓、鉄砲、基礎体力向上など、数々の訓練をさせていた。
吉清や放牛の課した訓練は、それなりに厳しいものであったはずだ.
彼らに槍術や馬術を教えるのも照守の仕事でもあったというのに、教えるだけでなく照守は彼らに混じって訓練までこなしていたというのか。
「……それはご苦労であったな」
「聞けば、殿は明征伐で豊臣随一の戦功を挙げたとのこと。……次の戦では、是非それがしに先鋒をお命じください」
「よかろう。今は明と講和交渉をしているが、またすぐに戦となろう。その折には、お主を先鋒としよう」
「はっ、ありがたき幸せ!」
そうして奥州に残った者の近況を聞きつつ、居城である寺池城に入ると、葛西衆の現状を聞いてみることにした。
彼らの表向きの言い分としては、石巻は元々葛西領だったので、葛西氏の旧臣であった自分たちが治めるべきである。
また、荒川政光は筆頭家老という役職に加え、石巻奉行、銀札奉行も兼任しており、一人に任せるには要職が多すぎる。
というのが挙げられた。
「しかし、実際には石巻が奥州有数の商業港となったことから来る、利権争いでしょう」
荒川政光の報告に、吉清はううむと頭を抱えた。
しかし、石巻における利権が欲しいから、などと表立って言うことはできないため、荒川政光への不満という形で噴出しており、領内では一触即発の事態となっていた。
こうなってくると、政光からヘイトの矛先を反らすことが出来なくなってしまっただけに、元石巻奉行であった成田氏長の離脱は大きいと言えた。
「やつらを召し放てれば、一番話が早いのだがのぅ」
「ですが、奴らは先祖代々この地に根を下ろしてきた者。伊達に召し抱えられでもしたら、面倒なことになりましょうな」
一栗放牛の話はもっともであった。
彼らが伊達家に再就職してしまえば、旧葛西領の地理は丸裸となってしまう。
そうなれば、政宗と戦をしても勝てる見込みが低くなってしまう。
「それに加え、当家では深刻な人材不足に陥っています。ここで家臣を減らすのは、得策ではないかと……」
「そうだな……」
四釜隆秀の言葉に頷いた。
召し放つこともできず、家中におけるガンとなってしまった葛西衆を残しておいては、争乱の種となってしまう。
かくなる上は、最後の手段に出ることにした。
「潰すか、葛西衆を……」
「そ、そんなことができるのですか!?」
「やってみなくてはわからん」
そうして、葛西衆の中でも比較的に話のわかる者として、米谷常秀を呼んだ。
吉清からの話を聞き、常秀は驚くでもなく当然のように頷いた。
大勢に迎合することなく、安穏と時代の流れに取り残されてきた葛西衆では、遅かれ早かれこうなる時が来る気がしていたのだという。
吉清から今回の趣旨を説明されると、米谷常秀は少し考えた。
「……我らが結束しているのは、旧葛西家臣としての自負や、先祖代々この地を守護してきた誇りがあるからに他なりません」
「では、旧臣としての誇りを奪い、土地から切り離せば、葛西衆はおのずと崩せるか?」
「……そうなりますが、そう上手くいくでしょうか?」
「やってみよう。……常秀にも力を貸してもらうからの」
吉清からの命令に、常秀が頷いた。
こうして、己の家臣への調略が始まった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!