銭を借りることに成功すると、各地の領民にふれを出した。港を作るための人手を集めていること、食事と給金を出すことを大々的に喧伝すると、面白いように人が集まった。
元々冬場で畑の耕せないこともあり、集まった人は当初の想定を大きく上回った。これで一揆を防ぎつつ、労力を有効活用できる。
それは民たちも安心して冬を越せることを意味しており、ひいては吉清も枕を高くできることでもあった。
港の建築を土木技術に優れた大道寺直英に任せ、吉清は城下の整備に着手した。
蒲生氏郷を真似して各地から職人を連れてきた。これからは領内で酒や漆器の製造が盛んとなっていくことだろう。
新たに増えた領民や、建設される港に合わせて、寺池城下は建設ラッシュが起こっていた。
某都市開発シミュレーションゲームのように城下が広がっていく様を見て、思わず口元が緩んでしまう。
「壮観だな……」
城下を見下ろしたきり離れようとしない吉清を、清久が諌めた。
「いつまで見ておられるつもりですか、父上」
「固いことを言うでない。何かあってはいかんと、こうして目を光らせておるだけではないか」
「それは詭弁です。たしかに一国一城の主となられて浮かれているのはわかりますが、肝心の父上がそれでは示しがつきませぬ」
吉清はムッとした。かくいう清久も大崎義隆の居城であった名生城の城主となったが、城の差配は他の家臣に任せ、吉清の元で政務に務めている。
自分は名ばかりの城主で、父が城主となって悦に浸っているのが面白くないのだろう。
「心配せずとも、お主の城は逃げたりはせん。お主もまだ元服を迎えたばかりで、経験も浅い。他の者に城を任せるとて、特別おかしなことでもあるまい」
「ま、まだ何も言っておりませぬ!」
顔を真っ赤にして抗議する清久に、吉清はつい噴き出してしまった。
これ以上は何を言っても不利だと悟ったのか、吉清の前に紙を並べた。
「父上がそうしておられる間も、民からの陳情がたくさん届いておりまする」
旧北条家臣たちからの提言で先日設置した目安箱だが、早速使われているらしい。
その中の何枚かを手に取り、目を通した。
「どれどれ、『冬の寒さが辛い』『女房が浮気している』『腰が痛い』……ろくでもないものばかりだな」
「父上が置かれたのでしょう!」
「おっ、これなんかは丁度いいな」
吉清が取り出したのは、村同士の水争いの陳情だった。
この時代、村同士の争いも頻発しており、それが原因で戦が起こることも珍しくない。
領内で起こるいざこざを収めるのも領主の重要な役目であった。
早速、吉清は家臣に命じて双方の言い分、そして周囲の村から話を聞いて回らせた。その結果言い渡された公正な判決に、両者とも納得することとなり、新たな領主、木村吉清の名声が上がることとなった。
「なるほど、こうした村同士の諍いを鎮めることが、父上の狙いだったのですね」
「それだけではないぞ。代官が勝手に多く税を取り立てている時も、ここから密告させることができる。民草の声に耳を傾けることもまた、必要なことなのだ。
関東で一大勢力を築いた北条氏も、民のことを第一に考えたゆえ、多くの民に慕われ武田や上杉と渡り合えたのだ。我らも見習わねばなるまいな」
清久が頷き、頭を下げた。
「申し訳ございません。私は城主を任ぜられたというのに、ろくに居城のことに関われず父上には辛く当たっていました」
清久の突然の豹変ぶりに、吉清は目を疑った。
「自分の不甲斐なさが、恥ずかしゅうてたまりません……。これより城主の座を返上し、父上の下で政の何たるかを学びとうございます!」
「と、突然どうしたというのだ」
「先程申したとおりにございます。突然城主に任ぜられ、私は内心浮かれておりました。
しかし、待てど暮らせど城主らしいこともできず、歯痒い日々を過ごしておりました。それに引き換え、父上は城主として精力的に動かれて、城下を発展させておられる」
清久の言い分には心当たりがあった。
「されど、目が覚めました。私はまだまだ未熟者。ゆえに、父上の元で領地の運営を学びとうございます。名生城は、他の者を城主として任ぜられるがよろしいかと」
思い詰めた様子の清久に、吉清は言葉を失ってしまった。
日頃から真面目だ真面目だと思ってはいたが、頭にクソがつくほどの真面目だったとは。
「あ〜、あんまり気にするでない。名生城の城主は引き続きそなたに任せる」
「そのような大役、未熟者の私では務まりませぬ! 他の者に任せるべきです!」
なおも辞退する清久の隣に座ると、肩を抱き寄せた。
「いや、違う違う。そなた以外におらぬのだ」
「父上!」
「いいか、我が木村家は突然大きくなった。それゆえに、城を任せられる譜代の家臣もおらぬのだ。とはいえ、城を空けるわけにもいくまい? 新たに当家に入った家臣たちも頑張っておるようだが、腹の中まではわからぬ。城を任せるには、まだ心許ないのだ。
ゆえにそなたに任せる他ないのだ。わかるな?」
「は、はぁ……」
理解はしたが納得がいかない様子の清久を尻目に、目安箱に寄せられた紙を広げる。
「おぬしもまだ若い。自分がなすべきこと、なさねばならぬことをこれから学べばよいのだ」
言うべきことは言ったとばかりに、吉清が紙に意識を向けると、清久も追従して目安箱に寄せられた意見に目を向けた。
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