小田原征伐、奥州仕置が終わり、東北に新たな秩序を形成するべく、奉行衆で話し合いが行われていた。
旧伊達領の会津は蒲生氏郷が治めることとなったが、問題は旧葛西大崎領だった。
葛西晴信、大崎義隆は改易されたが、その旧臣たちが地侍となって跋扈しており、何かの拍子に牙を剥き一揆を起こしてもおかしくはない。
また、東北は畿内のような中央集権化が進んでおらず、大名も国衆連合の代表というだけで、国衆の我が強い。
一つ間違えれば、肥後の二の舞いとなることは明らかだった。
それでいて、中央からの大名には、東北の大名を見張るという重大な仕事もある。
生半可な者では手に余ることは明らかであった。
五奉行の一人である浅野長政が口を開いた。
「やはり、細川忠興殿に任せるのが良いのではないか?」
「会津を断ったというのに、引き受けるはずがなかろう」
長束正家が反論すると、ううむ、と首を傾げた。
加藤清正は一揆を鎮圧して間もない肥後を治めており、外すことができない。同様に、福島正則、加藤嘉明、藤堂高虎も動かすことができない。
また、三成や吉継などの奉行を送っては、豊臣政権の運営に支障をきたしてしまう。
改めて、豊臣家の譜代の家臣の少なさが響いていた。
誰か良い者はいないか……。
一堂が頭をひねる中、大谷吉継が「あっ!」口を開いた。
「関白殿下の家老を務めている、木村殿などいかがだろうか」
次期天下人である秀次の家老、木村重茲であれば、能力的にも問題ないだろう。
吉継の提案に、奉行衆の中から口々に同意の声があふれ出した。
「よい案だ。木村殿なら実績としても申し分ない」
「うむ。たしか、越前国府中に12万石の所領があったな。これくらいなら30万石へ加増しても問題あるまい」
浅野長政、長束正家が同意すると、三成が頷いた。
「では、旧葛西大崎領は木村殿に任せよう」
三成の言葉に、奉行衆が満場一致で頷いた。
さっそく、領地を任せる書状を書くべく筆を手に取った。
新たに任せる郡や石高、その他儀礼的な言葉を記す中、「木村」まで書いて三成の手が止まった。
「治部?」
「……………………」
吉継が尋ねるも、三成は冷や汗を流すばかりで、筆が進もうとしない。
「お主、まさか……」
木村殿の名前を忘れてしまったのか。
と、吉継の口が動く前に、三成は筆を置いて奉行衆に向き直った。
「この中に、木村殿の諱を覚えている者はおらぬか?」
驚き半分、呆れ半分で、奉行たちが記憶を辿る。
「木村……うーむ、なんと言ったかな……」
「……ダメじゃ。ド忘れしてしまったわ」
「ううむ、ここまで出かかっておるのだが……モヤモヤするわい」
長政、吉継、正家も思い出せないようで、三成と共に頭をひねる。
木村……木村……と、奉行衆が下の名前に詰まる中、会津に内定をもらった蒲生氏郷が通りかかった。
「木村吉清ではないか?」
「「「それだ!」」」
氏郷の言に従い、三成が筆をとった。
こうして、奉行衆の勘違いにより、吉清の旧葛西大崎領への着任が決まったのだった。
吉清が5000石から30万石の大抜擢に困惑する中、本来旧葛西大崎領に配属される予定であった木村重茲は、小田原征伐の恩賞が少なすぎることに首を傾げるのだった。
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