吉清、政宗、義光の三人は、無言で政宗の料理に舌鼓を打っていた。
器を空にすると、吉清は息をこぼした。
ご馳走になっておいてなんだが、少々物足りない。これしきの量では前菜ではないか。
そう思ったところで、秀次が台所から戻ってきた。
──なぜか、手に鍋を持って。
「実はな、政宗にならい、私も料理を作ってみたのだ」
秀次の持ってきた鍋を開けると、この世のものとは思えぬ色をした汁に、動物の骨や草が入っていた。
野趣溢れる香りに、政宗、義光が固唾を飲む中、吉清が恐る恐る尋ねた。
「殿下、こちらに入っているのは……」
「虎の骨だ。珍しいものゆえ、良いダシが取れると思ってな」
なるほど、と吉清と義光が引きつった笑みを浮かべる中、政宗が小声でつぶやいた。
(取れ、骨は! そのまま鍋に入れてはダシではなく具であろう……!)
謎骨の正体がわかると、吉清は鍋の中に浮かぶ草を差した。
「こちらの野草は……」
「薬草だ。曲直瀬道三の元を訪れた際、いくつか譲ってもらったのだ。そなたらの健康を案じてな」
秀次の余計な配慮に吉清と義光が苦笑いを浮かべる中、政宗は小さくつぶやいた。
(入れるな、薬草を! なぜ料理を作ったこともないのに、薬膳に挑戦しようとする!)
吉清がお玉杓子で軽く掬うと、粘性の高い汁がぼとぼとと鍋に戻った。
とてもではないが、人が食べるものとは思えない。
「…………殿下、こちらは味見はされたので……?」
「うむ。小姓の万作に味見をしてもらった。こんなにうまい物は食べたことがないと絶賛されたぞ」
誇らしげに胸を張る秀次に、誰もが「そりゃそうだろうな」と思った。
政宗、義光を見ると、同じように目が合った。
どうやら吉清と同じように、誰を生贄にするか考えていたらしい。
水面下で牽制が始まったところで、秀次の元に使いの小姓がやってきた。
「おっと、すまぬな。少し用事が入った。しばし、ここで待たれよ」
秀次が去ると、後には鍋と、鍋を囲うように座る男三人が残された。
政宗と義光が虎視眈々と生贄を探す中、吉清が政宗に向き直った。
「お主は殿下の隣で料理をしておったのだろう!? なぜ殿下を止めなかった!」
「止められるはずがなかろう! 相手は関白だぞ!」
「であれば、もっと色々とできたであろう! 料理に口を出すなどして、これよりマシな物を作るとかな!」
うっ、と政宗が怯んだ。
政宗としても、そこを責められると痛い。
様子を覗っていた義光も、政宗が劣勢と見るや、いかに政宗に処理させるか思案しているように見えた。
……このままではまずい。
そう思った政宗は吉清に顔を近づけた。
(木村殿。ここは、殿下の親戚となられる伯父上に食べていただくのが筋というもの。是非とも伯父上に食べていただこう)
吉清としても、自分さえ助かればそれで良かった。
義光を犠牲にして自分が助かるのなら、むしろ願ったり叶ったりであった。
(うむ。そうしよう)
吉清と政宗、初めて両者の思惑が合致すると、二人で義光を挟むように座った。
困惑する義光をよそに、政宗がわざとらしく咳払いをした。
「関白殿下お手製の料理となれば、それがしが口にするなど畏れ多い。……となれば、殿下の親戚となられる伯父上にこそふさわしい!」
「まったくそのとおり! 伊達殿のおっしゃる通りよ!」
突如歩調を合わせ、陥れようとしてくる二人に、義光は困惑した。
「お主らいつの間に仲良くなったのだ……!」
さすがに2対1は分が悪い。
すかさず、義光が吉清に耳打ちした。
(お主は政宗に借りがあると聞く……。儂も、政宗には借りがあるのだ。あやつのせいで太閤殿下への挨拶が遅れ、庄内を上杉に盗られてしまったからの……)
義光の言葉に、吉清が頷いた。
たしかに、政宗に美味しい思いをさせるというのも、気分がいい話ではない。
(では、我らの思惑は一致しておりますな)
吉清は立ち上がると、義光と共に政宗を挟むように座る。
義光が咳払いをした。
「伊達家は奥州の名門! 伊達殿こそ、我らを代表して殿下の料理を賜るにふさわしかろう!」
「まったくそのとおり! 儂も最上殿と同じ意見じゃ!」
2対1。劣勢と見た政宗が、すかさず義光に耳打ちした。
(木村吉清は奥州でも新参者……。居なくなっても困らぬであろう。……伯父上も、吉清が倒れた方が大崎家再興の望みが繋がると思うのだが……?)
政宗の言葉に、義光が頷いた。
たしかに、大崎家が再興するよう手を回していただけに、吉清は邪魔な存在である。
義光が政宗と共に吉清を挟むように席を変えると、政宗が咳払いをした。
「聞けば、木村殿は関白殿下にたいそう気に入られているという……。木村殿こそ、此度の料理を賜るにふさわしかろう」
「まったくそのとおり! 此度のお役目、木村殿ほどの適任はおらん!」
政宗の言葉に義光が同調する。
二人に詰め寄られ、劣勢になった吉清は、ターゲットを政宗に絞ることにした。
「この場はやはり、伊達殿に召し上がって頂くのがよいと思う。日頃から健康には気を使っておるようだし、これくらいで死にはせんだろう」
吉清に挑発され、先ほどから苛立っていた政宗が立ち上がった。
「なんだと! また貴様の領地で一揆を起こしてやろうか!?」
「おう、やれるものならやってみよ! ただし、そのときには米沢だけでは済まぬだろうがな!」
この期に及んで続けられる吉清と政宗の不毛な争いに、辟易した義光が二人を諌めた。
「落ち着け、二人とも。ここは、三人で知恵を絞ってなんとかやり過ごそうではないか」
義光の提案に、吉清が異を唱えた。
「知恵を絞ってどうするというのじゃ」
「時に、政宗は料理が達者であったな。これをうまく作り直すことはできるか?」
政宗は鍋の蓋を開けると、箸でかき混ぜた。
「ふむ、具はすでに煮えているな……。汁だけ作り変えて、軽く煮込めばなんとかなるやもしれん」
吉清、義光が政宗の料理眼に感心した。
これで、誰も犠牲にすることなくこの場を上手く切り抜ける、一縷の望みができたのだ。
「では、政宗が作り直している間、儂が関白殿下の足止めをしよう」
義光の申し出に、吉清は頷いた。
「では、儂は伊達殿の手伝いをしよう」
役割分担を決めると、三人は顔を見合わせ頷いた。
こうして、奥州を代表する三人の大名が、初めて手を取り合うこととなるのだった。
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