調略一人目として、矢作重常が選ばれた。
米谷常秀曰く、利に聡く義理堅くないのが理由だそうだ。
吉清の部屋へ呼ぶと、さっそく話を持ちかけることにした。
「それがしが京へ出仕、ですか……?」
矢作重常が驚いた様子で聞き返した。
先祖代々の土地から離れてしまうが、京といえば、日ノ本の中枢である。
己の領地とは比べ物にならないくらいに発展しており、誰しも一生に一度は見てみたいという好奇心もあった。
現代日本においては、地方の管理職がいきなり東京へ栄転するに近い感覚のはずだ。
「うむ。お主の立ち居振る舞いからは、どこか気品を感じると、常々思っておったのだ」
「なんと……」
矢作重常が驚きつつまんざらでもなさそうに頷いた。
「まあ、無理にとは言わん。先祖代々の土地を離れ、単身京へ行け、などというのも、難しい話……。そうやすやすと引き受けて貰えるとは思っておらぬ。
断るというのなら、他の者に任せるだけのことゆえな……」
吉清が自ら引き下がるフリをすると、矢作重常が食いついた。
「……京へ行けば、以前、殿が振る舞ってくださった酒が飲めるのでしょうか……?」
「ん? まあ、売っておると思うぞ。なにせ都じゃ。この世のすべてが揃っている」
自分の中で大義名分が揃ったのか、矢作重常は深々と頭を下げた。
「…………そこまで殿に必要とされてるのであれば、断るわけには参りませぬ。それがし、京へ出仕いたします!」
「おお、助かるぞ!」
そうして、一人を切り崩せたのを皮切りに、他の葛西衆の面々の調略が進むこととなった。
矢作重常が領地を出たのを機に、葛西衆に流言を流布した。
米谷常秀から話を聞かされ、武鎗重信は驚いていた。
「何!? 矢作が京へ出仕し、小田原衆から息子の嫁を貰っただと!?」
「うむ。出世のために必要と聞き、喜んで引き受けたらしい」
小田原衆と葛西衆は険悪な仲であったはず。その小田原衆から嫁をもらうなどと、裏切りにも等しい行為だった。
(まあ、嫁をもらった話は嘘なのだがな……)
そんな米谷常秀の思惑など露知らず、武鎗重信は苛立った様子で床を叩いた。
「畜生! 矢作め……我らを出し抜きおったな……!」
「数年後、帰ってきた矢作が我らにデカい顔をするというのも、面白くないな……」
怒りに震える武鎗重信に同調しつつ、米谷常秀がふと、思い出したようにつぶやいた。
「……そういえば、殿が新たに遠方へ出仕する者を探していたな……」
常秀の話に、遅れをとってなるものかと武鎗重信が食いついた。
こうして、武鎗重信の娘を小田原衆の元に嫁がせ高山国に送り、同じように葛西衆の面々は木村領の各地に派遣された。
小田原衆や大崎衆に迎合し、先祖代々の土地から切り離されることとなった。
木村領各地に分断された彼らの結束は、自然消滅していくのだった。
葛西衆が事実上消滅すると、今回の功労者である米谷常秀を労うべく、吉清は常秀の元へ訪れていた。
「ご苦労であったな」
「いえいえ、全ては殿のご采配です」
密かに祝杯をあげつつ、米谷常秀が堪えるようにクククと笑った。
「それにしても、殿はお人が悪いですな。京へ出仕したと聞かされた後に、遠方へ出仕と聞けば、京へ出仕すると誰もが思うでしょうに……」
「勘違いする方が悪い。儂は遠方を京だと言った覚えはないし、高山国やルソンの方が遠方だからな」
とはいえ、そう勘違いするように仕向けたのは吉清だった。
京や大坂のような大都市へ行くとなれば志願者も出るだろうが、樺太や高山国のような、都から離れた開発途上の土地では好き好んで行こうとは思わないだろう。
ましてや、土地に根ざした勢力である葛西衆にしてみれば、尚のことである。
そこで、彼らに自ら遠方への出仕を志願するよう仕向けたのである。
軽く酒を飲むと、吉清は盃を置いた。
「時に、儂は今側室が欲しいと思っておるのだが、お主のところに年頃の娘がいたな」
「はっ」
「側室に出す気はないか?」
側室を出し、男児を産んだ暁には、家中における影響力は大いに増すと言えた。
また、そうした男児がお家騒動を避けるべく分家を興す可能性もあり、そうなれば外戚として米谷家は重用されることも考えられた。
これは、吉清から常秀へのささやかな褒美であった。
「なんなら、常秀は遠方へ送らず領地に残してやってもよいぞ」
吉清の話に、米谷常秀は難しい顔をした。
「ありがたき話なれど、それがしも遠方へ出仕したく存じます」
「なぜじゃ?」
「それがしだけが領地に残れば、此度の謀が露見します。それがしへの褒美と申すのなら、願わくば格別のご配慮を……」
常秀の抜け目なさに、吉清はクククと笑った。
常秀の言は一理ある。
吉清と共に今回の謀を進めたのは常秀で、その常秀が領地に残ってしまえば、葛西衆から不審な目で見られてしまう。
また、木村家では積極的に遠方へ行く者を重用しており、領地に残っては出世に取り残されることも意味していた。
「では、常秀は大坂への出仕としよう」
「はっ、ありがたき幸せ」
「それはそれとして、お主の娘を側室に欲しい」
「構いませんが、それも条件をつけさせていただきとうございます」
「申してみよ」
「このままそれがしの娘だけが殿の側室となっては、他の者からあらぬ誤解を受けてしまいましょう。……そうならぬよう、小田原衆、大崎衆からも側室を娶られますよう……」
「うむ。お主の言、いちいちもっともよ。そのようにしよう」
こうして、米谷常秀の娘に加え、大崎衆から四釜隆秀の娘を、小田原衆からは秋元長朝の娘を側室に加えたのだった。
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