この日、吉清は従兄弟の木村重茲の元へ足を運んでいた。
木村重茲は豊臣秀次の家老として数々の功績を残しており、次期豊臣政権の出世街道を着々と歩んでいた。
小牧・長久手の戦い、九州征伐で功績を残し、小田原征伐でも武功を挙げた。
また、先の文禄の役での活躍を評価され、越前国府中12万石から、山城国淀に18万石の加増移封の内定をもらっていた。
未来の天下人たる秀次の家老として出世が約束された重茲は、吉清を始めとした木村一族の中でも一目置かれていた。
そんな重茲の元に、吉清が訪ねてきた。
「おお、吉清殿か。此度はいかがした? わしの出世を祝いに来てくれたのか?」
「よろこべ。お主にさらなる栄転だぞ」
「なに、それはまことか!」
「20万石の加増移封だ」
重茲が得意気に胸を張った。
「おお、これでわしもとうとう国持大名の仲間入りか! して、どこへ加増となるのだ?」
「甲斐だ」
「……………………甲斐?」
甲斐といえば、そこを治めていた加藤光泰が文禄の役で病死したこともあり、息子が若輩だから任せられないと所領が没収されたはずだ。
たしかに、秀吉の直轄地となっており、空白地帯ではある。
重茲としても、関東を治める家康に目を光らせるべく、すぐにでも優秀な武将を配した方がいいとは思っていた。
そんな土地に、優秀な自分にお鉢が回ってくることは、当然といえば当然かもしれない。
だが──
「待て待て。わしは関白様の家老じゃ。甲斐に行っては政務に触る。せめて畿内にしてくれ」
「心配無用じゃ。すでに奉行衆に罷免の願い出を出しておいた」
「はぁ!?」
「徳川を見張りつつ、一帯の大名をまとめられる者となれば、重茲をおいて他にいないと熱弁したら、すんなりと話が通ったぞ」
「今すぐ取り消してくる!」
屋敷を出ようとする重茲を、吉清が止めた。
「無駄じゃ。大谷殿の話によれば、もう受理されておる」
吉清からの一方的な宣告に、重茲はわなわなと震えた。
「吉清ぉ! わしが……わしがどれだけ頑張って出世したと思っておるのだ!
どれだけ苦労して秀次様の家老になったと思っておるのだ!
これでは左遷ではないか!」
「今までご苦労だったな。家老ではなくなったが、過労死せずに済んだではないか。家老だけに。ナハハ」
吉清の笑えないギャグに、重茲が顔を真っ赤にした。
「貴様を一生恨んでやるからなぁ!」
この後、吉清のおかげで秀次事件に巻き込まれずに済んだことを知り、重茲は吉清に一生感謝することとなるのだった。
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