講和のための明の使節を迎え入れるべく、伏見城では大規模な改築工事がおこなわれていた。
徳川家康や前田利家など、文禄の役で渡海しなかった有力大名を中心に建設が進められるなか、三成を始めとする奉行たちも聚楽第と伏見城を往復する日々を送っていた。
そうした執務を終え、屋敷に戻ろうとする吉清を、ある人物が呼び止めた。
「木村殿、これから一つ、茶でもいかがかな?」
「か、関白殿下!?」
予期せぬ出来事に、背筋に嫌な汗が伝う。
何か用事でもあるのか。あるいは、重茲を強引に罷免させたことについて話でもあるというのか。
秀次に対しては後ろめたい思惑と、末路を知ってることから来る忌避感があるだけに、できるだけ顔を合わせたくない。
吉清は視線を宙に彷徨わせた。
「も、申し訳ありませぬが、これからちと用事が……」
「ないことは、家老の南条殿より聞き及んでいる」
逃げ道が絶たれたと悟り、吉清は腹を括ることにした。
「……ご一緒しましょう」
顔を引きつらせ、吉清は秀次の屋敷へと向かうのだった。
自分より目上の者を相手にした時は、接待に務める。
これが接待茶会における吉清の立ち回りであった。
味を褒め、作法を褒め、茶器を褒める。
そうして接待をしつつ、時折自分の武勇伝や苦労話を披露した。
「それで、刀も槍も失い、徒手空拳となった木村殿は、どうやって虎を退治したというのだ?」
「はっ、幸い弓だけは肌身はなさず持ち歩いていたため、木の上から矢を放ちました。……しかし、日頃鍛錬を怠っていたせいか、思うように放てませなんだ……。
こんなことなら、弓の名手であられる関白殿下にご指南頂ければと、後悔しましたぞ」
「買い被りすぎだ」
「いえいえ、弓術を鍛えれば、何より立ち振る舞いが洗練されます。まさに、関白殿下のように、凛々しくも堂々とした、武士の鑑とも言うべきお姿となりましょう!」
そうして秀次の機嫌を取り、頃合いを見計らって席を立とうと腰を浮かせると、秀次が口を開いた。
「ときに木村殿。木村重茲のことは聞いたぞ」
「……はっ」
木村重茲は吉清の従兄弟であり、秀次の家老を務めていた。
だが、秀次事件に連座することを恐れた吉清の策略によって罷免され、現在は関東の徳川を見張るべく、甲斐に飛ばされていた。
そんな重茲の話を、なぜ今持ち出すのか。
吉清の行動を咎めようというのか。あるいは……
嫌な予感がする。吉清の背中を嫌な汗が伝った。
「木村殿が重茲を罷免したのだから、お主が私の家老となってくれるのであろう?」
「えっ!?」
思いもしない言葉に、吉清の声が裏返った。
「い、いや、それがしはまだまだ未熟ゆえ、そういうことでしたら徳川様を頼られた方がよろしいかと……」
「暴発寸前だった葛西、大崎の旧領に善政を敷き、見事に統治したと聞いておる。
また、高山国やルソンを制圧した貴殿の手腕は実に見事と言う他あるまい。……古今東西、誰にも成しえなかったことを、貴殿は成したのだ」
「し、しかし、樺太や高山国の統治に忙しく、中央の政ができるほど手が足りませぬゆえ……」
「では、口を出すだけでよい。時々、こうして私の相談相手となってくれれば、それでよい」
「……………………」
嵌められた。饒舌に語る秀次に、吉清は頭が痛くなった。
最初から、吉清を配下とするべく、この場に呼び寄せたのだ。
そうして、断られた時のための保険まで用意し、周到に吉清の逃げ道を塞ぐことで、否と言わせないつもりだ。
なにより、天下の関白にここまで言わせてしまっては、断るに断れない。
死神の手が、すぐそこまで迫っている。
生唾を飲み込むと、乾いた喉に染み込んだ。
「と、時々、であれば……」
歯切れの悪い答えだが、秀次は満足そうに頷いた。
「高山国制圧やルソン侵攻、実に見事な手際と聞いている。……時に私は思うのだ。お主は、他の者とは何か違うものを見ているのではないか、とな……。
いずれ天下を治めるにあたり、お主の意見を聞いてみたいのだ」
「はっ……」
能力を買ってくれるのは嬉しいが、この時代に秀次の近くにいるというのは、あまりに危険すぎる。
秀次事件では、秀次のみならず妻子はもちろんのこと、家老や親しくしていた大名、秀次に側室を出した家にも被害が飛び火している。
それを防ぐために重茲を罷免させ、甲斐へ送ったというのに、それが裏目に出てしまうとは……。
面倒なやつに目をつけられたなぁ、と思う吉清であった。
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