この日、明征伐に参加した諸将を労うべく、木村家の屋敷で酒宴を催していた。
吉清や亀井茲矩といった高山国遠征組。加藤清正や福島正則といった朝鮮出兵組。石田三成や大谷吉継といった奉行も集まり、盛大な盛り上がりを見せていた。
吉清の盃が空になると、大谷吉継が酒を注いだ。
「や、これはかたじけない」
「気にするな。お主は今回の遠征で一番の手柄を挙げたのだ」
各々が自分の武功を自慢気に話す中、ふと三成が尋ねた。
「そういえば、あの屏風は何を伝えていたのだ?」
「ん? 屏風?」
三成が小姓に合図をすると、奥から屏風を持ってきた。
「こ、これは……」
見覚えのある屏風に、なぜか虎狩りや鬼退治の様子が描かれている。
なぜこんなものが描かれているのか、まったく記憶にない。
(儂はこんなものを三成に提出していたのか……!?)
一人狼狽する吉清に、三成が淡々と告げた。
「軍監からの報告によれば、明軍10万を相手に奮戦したとあるが……」
吉清が舌打ちした。
たしかに軍監には吉清の利となるよう報告するように言ったが、さすがにやりすぎだ。
あいつには賄賂を渡しすぎたかもしれない。余計なことを……。
吉清の目が宙をさまよった。
「あ、あ~、あれはの、遠目からでよくわからなかったが、はて10万だったか、1万だったか……」
「10倍も違うぞ。……戦場で兵数を10倍も見誤るなんてことがあるか?」
「……………………」
言葉に詰まる吉清に、三成が「まあいい」と打ち切った。
「これは明のどこの町だ?」
「は、はて……どこじゃったか……」
思い出すふりをしながら、記憶の海よりそれっぽい町を探す。
だいたい、明の町なんか知らん。有名どころくらいは聞いたことがあるが、それくらいである。
沿岸部の町には何度も略奪に赴いたが、朝の献立をいちいち覚えていないのと同じように、どこを略奪したかなどいちいち覚えてはいない。
それこそ、吉清でも知ってる明の町といえば、首都である北京と、
「た、たしか、南京……だったような……」
適当な町を答えたつもりだったが、周囲の諸将がざわめき立った。
「南京といえば明の古都だぞ!?」
「木村殿はそんなところまで……」
吉清は知る由もなかったが、日本で言うところの、奈良まで攻め込んだに等しい。
輝かしい戦果に驚く諸将をよそに、三成が渋い顔でつぶやいた。
「しかし、南京は内陸にある町だ。そこまでどうやって攻め込んだというのだ」
「そ、それは……」
「木村殿は大した水軍を持っていると聞いているが、まさか船でも使ったわけではあるまいな」
「そ、そう! それにございます! 船を用い、川から攻め登りました!」
吉清の答えに朝鮮組や奉行衆が感心した。
なるほど、川から攻め登るのか!
感心する者をよそに、三成はため息をついた。
「そもそも、船があるのだから、沿岸を攻めればいいものを、なぜ南京にまで攻めたのだ」
「そ、それは……」
答えに窮する吉清に、浅野長政が割り込んだ。
「敵は海からやってくると思い、まず海を警戒するはず……。木村殿はその裏をかき、川を用いて攻め込んだのだろう。
また、南京を落とされれば、我が国における大津を攻め落とされるに等しい。明の士気も地に落ちよう。……おそらく、木村殿はそこまで考えてのことだろう」
「そ、そのとおりにございます! さすがは浅野殿! 奉行をさせておくのがもったいない軍略! 貴殿こそ大将の器!」
吉清のヨイショに、気を良くした浅野長政が得意気に酒をあおった。
「……では、屏風に描かれていた鬼は何のことだ? 南京には鬼が住んでいるのか?」
「あ、あれは南蛮人にございます! 南蛮人が明を助けていたゆえ、成敗しました」
「では、菩薩や龍はどう説明するつもりだ」
「そ、それは……」
言葉に詰まる吉清に、大谷吉継が割り込んだ。
「よさんか、治部。菩薩は民の救済を。天高く舞う龍は中華王朝の交代を示す天命。……つまり、太閤殿下の威光が中華全土をあまねく照らすことを示しているのだ」
そうなのだろう? と目で答え合わせを求める吉継に、吉清は力強く頷いた。
「…………まったく、そのとおりにございます!
いやぁ、さすがは大谷殿。雅のなんたるかを心得ておられる! 風雅のわかる、実に粋なお方よ!」
吉継の助け舟に全力で乗りつつ、びっしょりと溢れる手汗を袴で拭った。
吉継が密かに三成にささやく。
「……おぬしは芸事に疎い。わからぬことがあれば、まず儂に相談しろ」
「……助かる」
そうして吉清の武功の話に盛り上がろうとしたところで、一人の武者が立ち上がった。
朝鮮に出兵した、加藤清正である。
「木村殿! 聞けば、貴殿は明で虎を狩ったとのこと。されど、屏風に描かれているのは明の町……。つまり、明の町には虎がおると申すか?」
「そ、それは……」
「聞けば、貴殿の兵はわずか4000余り。そんな軍で明の大軍を退け、南京まで攻めたことも疑わしい。……大方、虚偽の武功でも並べ、恩賞をあずかろうという腹であろう!」
「…………………」
すべて事実なだけに、反論できない。
もはやこれまでか……。
そう思った矢先、何者かが酒宴の席に割り込んできた。
財宝の鑑定を依頼した商人である。
「木村様、鑑定の終えた宝物にございますが、どちらまで運べば良いでしょう」
「蔵に運べと言ってなかったか?」
「ですが、あまりの量ゆえ、蔵に入りきりませぬ」
商人に促されるまま表に出ると、吉清の略奪した財宝が、山のように積み上げられていた。
金や銀の延べ棒。明の陶磁器。山のように積まれた絹や宋銭。名だたる名家のものとおぼしき装飾のされた調度品の数々。
あまりの量に諸将が唖然とするなか、吉清は平然と財宝の一つを手に取った。
「……では、お主のところに空いてる蔵はないか? そこに置かせてもらいたい」
「それは構いませんが、私どもも商いで身を立てておりますゆえ……」
「わかっておる。使ってる間はその分の銭を払おう」
「ありがとうございます」
商人の相手が終わると、悪事を告白する生徒のような面持ちで加藤清正に向かい直った。
「…………して、屏風のことだが……」
「……いや、いい。疑った儂が悪かった。あれだけの戦功を見せられては、疑うべくもない。お主こそ、此度の第一功よ!」
「お? お、おお、そうか」
加藤清正の手のひら返しに驚きつつ、吉清は首を傾げるのだった。
吉清が虚偽の武功を並べ、諸将からの追求を躱している中、亀井茲矩は静かに席を離れた。
吉清の話が自分に飛び火する可能性があったので、一刻も早くその場を離れたかったのだ。
(すまん、木村殿! 巻き添えは食らいたくないゆえ、あとは自分で何とかしてくれ!)
そうして、木村家の屋敷を後にしたのだった。
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