奥州再仕置軍の動員に際し、吉清は長束正家の元へ配属された。
正家は、九州攻めや小田原征伐の際にも兵糧奉行を務めており、豊臣家中における、裏方のエキスパートだ。
今回は正家が兵站を整え、吉清が行軍する道を整備することもあり、仕事の内容としては近いものがある。
わからないことがあれば手伝ってもらえという、浅野長政の配慮のように感じられた。
右も左もわからない吉清に、長束正家がアドバイスをした。
「コツは、自分の金だと思って差配することだ。己の懐が痛むとあっては、財布の紐もおのずと固くなる」
「なるほど……」
小田原征伐の際の帳簿を見せてもらい、それを参考に計画を立てていく。
過去の帳簿と見比べ、吉清はううむと首をひねった。
「長束殿、ここなのですが……兵糧の購入費用に対して、売却の費用が安すぎるのではないかと」
「小田原では兵糧攻めをせよと命じられた。それゆえ、高値であっても買い占める必要があったのだ」
「なるほど」
別の項目を開き、またしても首をひねる。
「……たしか、小田原では諸大名の負担を軽くするために、市を開いて現地で物資を調達できるようにしておりましたな」
「それがどうかしたか?」
「いえ、塩一つとっても、ずいぶんと値が張るものだと思いましてな」
「堺より運んだのだ。それくらいの値はする」
「ですが、兵糧と一緒に船で運ぶのでしたら、遠方から持ってきたものとはいえ、そこまで値が張るとは思えぬのですが」
「そういうものだ」
「はぁ……」
吉清の疑問が増えていく中、執務は続いた。
そんなある日のこと。いつものように帳簿や書面と睨み合ってると、長束正家が何かを落とした。
「長束殿、何か落としましたぞ」
中を見ると、小田原征伐時の帳簿らしい。兵糧の手配やら薪代飼い葉代が細かく書かれている。
だが、どうにも数字がおかしい。同じ項目でも、昨日見たものより少なくなってるように見えるのだ。
熱心に読んでいると、正家が慌てて奪い取った。
「長束殿、まさか……これは二重帳簿では?」
「…………」
言い当てられるとは思ってなかったのか、正家が固まった。
「長束殿は、その……横領をされていたので……?」
「……ええい、さっきからわけのわからぬことを! ……おぬしはいったい何が言いたいのだ!」
逆ギレする正家に、吉清は「違う」と言いたかった。
不正を糾弾しようという意図もなければ、正家の立場を追い落とそうなどと思っていない。
ただ、状況証拠や物的証拠を見て、思わず尋ねてしまったのだ。
言葉に詰まった吉清は、奥州の地図を広げた。
堺から石巻まで、海を通るようにつつつと紙面をなぞる。
「上方より大量の物資を運ぶとあっては、海運を用いるが常道。南部家と接する当家の領地でも新たに港を造っておりますが、軍を動員する夏までには完成させなくてはなりませぬ。いち早く、建設をせねばと思いましてな」
この先の言葉を察したのか、正家がニヤリと笑った。
「それならば、経費として認められるだろうな」
懐の深い、素晴らしい上司に敬意を払いつつ、ついでに武具を購入する費用や、木村領の街道の整備にかかる費用も計上することにしたのだった。
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