北信景は、南部家の重臣である北信愛の六男として生まれた。
木村家に人質を出すにあたり、南部宗家にめぼしい者がいなかったため、年も若く、重臣である北信愛の息子であることから、北信景に白羽の矢が立ったのだった。
そうして、北信景がやってきたのは、南部領とはすぐ隣の、木村領石巻だった。
船を降りると、賑わいを見せる町が目についた。
人々の活気に溢れており、賑わいを見せている。
「今日は祭りか何かでもやっているのか……」
すぐ隣の領地であるにも関わらず、南部領との違いに驚きつつ、辺りを見回していると、身なりの良い武士が北信景を出迎えた。
「南部家からお越しになった、北信景殿ですね?」
「貴殿は……」
「それがしは木村家筆頭家老の荒川政光と申します」
そうして、荒川政光に連れられ、まずは港の様子を見て回る。
京や堺を見たことはないが、きっとこんな感じなのだろうか。
物珍しそうに見渡す北信景に、荒川政光が尋ねた。
「何か、気になるものでもありましたか?」
「……驚きました。当家にも、木村殿が建ててくださった港町がございますが、石巻は当家のどの港より大きい……!」
「始めはもっと小さな港でしたが、当家の領地が広くなり、扱う産物が増えるにつれ増築していったのです」
「なるほど……」
船に積み込まれる産物を見て、北信景が尋ねた。
「荒川殿、これはいったい何なのですか?」
「それは漆ですな。上方へ売りに出されるものです」
「上方と商売しているのか……!」
一瞬驚きつつ、考えてみればこれだけ大きな港があるのだから、京や堺と商売していても不思議ではない。
(ということは、同じように港を持つ南部家でも、いずれは……)
土地には限りがあるため、開墾だけではそのうち頭打ちとなる。
それを見越して、今から商いに力を入れているというのか。
南部家と領土を接し気候も似ている木村家の政策は、そのまま南部家でも使えるかもしれない。
商いによって栄える南部家に思いを馳せつつ、北信景は町に足を踏み入れた。
「おお……! 見渡す限り商いで賑わっておりますな……」
感嘆の声を上げ、興味深そうに辺りを見回す。
「店に並んでいるものは、全部京や大坂のものですか?」
「いえ、多くはここで作られたものです」
「なんと……!」
「楮や漆は山でも育てられる上、銭に変えやすいですからな……」
元来、米は高温多湿の環境での生育に適しているため、北に行くにつれ栽培が難しくなる。
しかし、武士はコメ本位経済を採用しているため、土地の価値を測る指標は石高であり、米こそが経済力を測る指標であった。
そのため、米の栽培に適さない奥州はたびたび飢饉に見舞われ、その度に多くの餓死者や身売りが発生した。
中でも、寒さが厳しく領地に山間部の多い南部領は特に貧しい。
一度不作となれば一揆が頻発し、民の腹を満たすために幾度となく外征が繰り返された。
その結果、信直の義父である南部晴政は南部家の最大版図を築くに至った。
しかし、太平の世となっては、戦によって飢饉の補填をすることは叶わない。
となれば、内政の拡充によって財政を潤し、民が飢えないようにする他なかった。
「なるほど、木村殿が羨ましい……。あいにくと、当家にはそのような特産品はないのです……」
「なければ、これから作っていけばよいのです。
この地も、始めは田畑と山しかない、寂れた地でした。……しかし、殿が港を造り、上方から商人や職人を招いたことで、石巻も活気づきました」
「なんと……」
「楮や漆も、自生しているものを見つけたり、上方から苗木を買って増やしたのです」
「なるほど、木村様は初めから恵まれた身の上かと思っていましたが、それがしの考えが甘かったようです。……当家も木村様を見習い国を富ませなくては!」
これ以降、南部領では山間部を利用して商品作物の栽培が推奨され、南部家の財政を潤すこととなるのだった。
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