名護屋城では朝鮮出兵に際し大軍が集まる中、高山国遠征軍も同じく名護屋城に集結していた。
与力として加わっていた松前慶広、津軽為信、南部信直、秋田実季らへの挨拶もそこそこに、名護屋城に残ることになっていた清久と小幡信貞を呼び出した。
「我が軍の半分は名護屋城に置いていくゆえ、後詰めの軍はお主に任せたぞ」
「はっ、父上のご期待に添えますよう、尽力いたします」
清久が頭を下げる傍ら、そっと耳打ちをした。
「南部殿や津軽殿は東北の大名ゆえ、上方の文化に何かと慣れないことも多かろう。何かあれば、お主が力になってやるのだぞ」
「ははっ!」
「信貞、くれぐれも清久のこと、よろしく頼むぞ」
「はっ、必ずや若様をお守りします」
後詰めの軍を清久と小幡信貞に任せ、吉清率いる木村軍、亀井軍は名護屋を後にした。
名護屋城を出発した高山国遠征軍は、薩摩、琉球を経由し外海へ出た。
慣れない船旅に弱音を吐く家臣たちを尻目に、原田喜右衛門に尋ねる。
「航路は間違いないのか?」
「問題ありません。琉球から宮古島、石垣島、与那国島と、島が連なっております。そこをたどれば、難しい航法を使わずとも、高山国へたどり着けましょう」
商人として何度も行き来しているだけに心強い。亀井茲矩に言われて連れてきた甲斐があるというものだ。
数日後。高山国の北部に上陸すると、そこに拠点を建てることにした。
「直英、ここに港を建設し、物資を運び込めるようにせよ」
「はっ!」
倭寇の拠点がある、中部、南部の沿岸部を避け、同時に彼らの勢力圏まで伸びる街道の敷設を始める。
「樺太に比べて、こちらはまだ易しいですな。凍えるような寒さはありませんから」
「そうでもないぞ。夏になれば野分が来る。船が壊れでもしたら、我らは日ノ本へ帰れなくなるのだからな」
高山国に取り残されると思ったのか、直英が身震いした。
数週間をかけ、高山国北部に港の建設と街道の敷設を終えた。これでひとまず高山国侵攻の仮拠点として使うことができそうだ。
兵たちを集めると号令をかけた。
「高山国に巣食う倭寇どもを討ち果たすぞ」
「ははっ!」
港の建設をしている間に、倭寇たちの拠点は特定していた。
いずれも海に面した砦で、多くの船が常駐している。
この近海を狩場としている彼らを相手に、海から攻めては勝ち目が薄い。
そのため、木村軍は陸から攻めることにしたのだ。
最寄りの砦付近まで敷設した街道を進み、茂みの中に身を潜める。
やがて夜になると、吉清は号令をかけた。
「好機は今ぞ! 儂に続けぇ!」
吉清の声に合わせて、木村軍500が砦になだれ込んだ。
夜襲を仕掛けられた砦内部では、蜂の巣をつついたような騒ぎに陥っていた。
あちらこちらから中国語が聞こえてくる。
「倭人襲来! 戦闘用意!」
「千客万来! 大変迷惑!」
「敵兵鉄砲多数所持! 要警戒!」
鉄砲で初撃から大打撃を与えると、次は足軽たちによる近接戦である。
地の利は倭寇たちにあるが、彼らは船を用いての戦闘が主体であるため、兵数は少ない。
そうして、砦を攻略すると、頭領と思しき男が手を上げた状態で膝をついた。
「我降伏! 降伏申請! 降伏宣言!」
吉清が原田喜右衛門に尋ねた。
「なんと言ってるんだ?」
「我々に降伏をすると言っています」
「わかった。降伏を受け入れると伝えてくれ」
原田喜右衛門が通訳すると、頭領は安堵した様子でつぶやいた。
「降伏宣言受諾感謝……」
ひとまず捉えた倭寇たちを牢に繋いでおく。
「やつらはどのようにしましょうか」
「奴隷として売り払いますかな?」
「それなのだが、家臣にできないだろうか」
四釜隆秀ら家臣一同が驚く中、原田喜右衛門が考え込むような仕草をした。
「できなくはありません。しかし、言葉が違えば、武士の方とは考え方が異なりましょう。そのような者を扱うのは難しいかと」
倭寇と呼ばれているが、明や高麗の海賊が勝手にそう名乗っていることも多く、戦国時代になると、ほとんどがそういった者だった。
言葉も考え方も違う彼らを使うのは、たしかに難しい。
「……海賊は海賊に、だ。景宗、そなたの配下に加えてもらいたい。水夫としてこき使ってやれ」
「はっ。我らとしましても、人手が不足しておりました。存分に使わせて頂きましょう」
捕縛した倭寇らを牢から出すと、一カ所に集めた。
原田喜右衛門の翻訳を交えて、彼らに話を通す。
「これより木村家に仕える気はないだろうか? もし従わないというのなら、奴隷として売り払うつもりだ」
突如として提示された二者択一に、倭寇たちがざわめき立つ。
「求人募集? 我転職可!」
「我戦闘経験多数所有! 御役立間違無!」
「我優秀的人材! 活躍乞御期待!」
「我忠誠心之塊! 誠実的人間性!」
こうして、捕まえた倭寇たちのほとんどが、新たに家臣として加わることとなった。
降伏した倭寇たちを尖兵に、新たな拠点を攻略する。
また、彼らの操船技術を取り入れたことで、海戦においても対等に戦えるようになった。
新たに降伏した倭寇たちを家臣に加え、沿岸部の制圧を完了する。
彼らは木村家の家臣としつつも、明国沿岸部での襲撃や明船の略奪を見逃すことで、微力ながら明の国力を落とし、間接的ではあるが秀吉の明征服に。ひいては朝鮮出兵に協力させることにした。
もちろん、略奪した物資の大半は吉清の懐に入るのだが。
そうして、新たに制圧した中部と南部の沿岸部にも港の建設を進め、陸路から行軍できるよう街道を敷設した。
また、他の倭寇からの略奪を防ぐべく、沿岸の防衛を進めた。
港から広がる町並みを眺め、吉清は満足気に笑った。
「2、3年も開拓すれば、それなりに住めるようにはなろう」
今は沿岸部に限定されるが、内陸部まで開発できれば、かなりの米どころになりそうだ。
沿岸部を手中に収め、数週間が経過した。
高山国北部に築いた港町で政務に勤しみつつ、戦禍とは程遠い家臣たちを尻目に、吉清がぽつりとつぶやいた。
「平和だな……」
亀井茲矩が頷く。
「まったくです。しかし、何か忘れているような……」
首を傾げる吉清たちの元に、使いがやってきた。
「殿下より、文が届いております!」
秀吉からの書状を広げ、二人で目を通す。
曰く、
『高山国の制圧は終わったか? 終わり次第、すぐに明へ攻め込め』
とのことである。
亀井茲矩と顔を見合わせ、
「あいたたた、慣れぬ土地に来たせいか、腹が痛いぞ」
「ああ、それがしは頭が痛い……しばし休養を取らねば、収まりそうにないですぞ……」
両将の体調不良もあり、高山遠征軍は足止めを食うことになるのであった。
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