大坂に寄ったついでに、吉清は大坂城を訪れていた。
木村家の当面の課題は、人材不足の解消である。
関東に覇を唱えた北条家から多くの家臣を吸収したとはいえ、樺太、高山国、ルソンにまで版図を拡大した木村家では、明らかに治める人が不足していた。
戦国の気風が色濃く残るこの時代、巷には浪人が溢れているが、節操なしに登用していっては、家中の統制がとれなくなる。
現に、史実において葛西大崎一揆が発生した原因の一つに、新たに召し抱えた家臣が領民に乱暴狼藉を働いたことが挙げられる。
その苦いトラウマがあって、吉清は人材登用には慎重になっていた。
大坂を訪れたのは、豊臣家中で地位の低い者であれば吉清としても顔が利き、召し抱えやすいと思ったからだ。
そうして、旗本や下級武士の次男三男や、寺に預けられた者。
さらには、かつての同僚である明智の旧臣など、幅広く声をかけていた。
その中で、吉清は見知った顔を見つけた。
「宗明殿」
吉清が声をかけると、まだ幼さの残る顔立ちの青年が会釈をした。歳は清久と大差ないくらいだろうか。
「これは吉清殿。いかがされた」
男の名前は木村宗明。前田利長の小姓だ。
元秀次家老にして甲斐へ左遷された木村重茲の弟で、同じく吉清の従兄弟にあたる。
前田利長の元でしっかりとした教育を受けており、自身の親族であれば申し分ない。
「これより、儂の家臣となる気はないか?」
「吉清殿の家臣に……ですか?」
吉清は頷いた。
「知っての通り、当家は人材難に苦しんでおる。聞けば、宗明殿は前田家で着々と力をつけているとか!」
「そんな……買い被りです。それがしは大したことなどしていません」
「いやいや。利長殿から聞き及んでいる。実に聡く、目端の効く者だとな」
吉清に絶賛され、宗明が照れ臭そうに口元がニヤけた。
「そんなお主の力を借りたいのだ。……儂の親戚筋だからと、過度に贔屓したりはせん。ただ、お主の力を伸ばし、発揮する場を用意するだけじゃ」
力を伸ばす。発揮する場を用意する。
魅力的な言葉に、宗明は心が揺らいだ。
前田利長は、主君として実に良くしてくれたが、甲斐を任されることとなった兄の重茲や、文禄の役で大活躍した吉清と比べれば、どうしても劣ってしまう。
今、ここが、人生の岐路なのではないだろうか。
「……いや、無理にとは言わん。利長殿は、お主に良くしてくれていると聞くしの。……他の者にも声をかけておるから、あまり無理に入ってもらう必要もないしの……。
すまなかったな。無理に誘ってしまって……」
自ら引き下がる吉清に、宗明は慌てて頭を下げた。
「吉清殿……いえ、これより殿にお仕え致しましょう!」
釣り餌に引っかかった。吉清が内心ほくそ笑んだ。
「うむ。宗明殿……いや、宗明。これからも頼りにしておるぞ」
吉清に頼られ、宗明の中では木村家で活躍する自分の姿を思い描いていた。
後に、宗明は吉清の養子となり、木村家の分家を興すこととなるのだった。
謁見した秀次の背中を見送り、秀吉は三成につぶやいた。
「…………秀次が、儂と拾に忠誠を誓う誓紙を出してきおった」
「はっ、実に良いことかと」
何もわかっていない様子の三成に、秀吉は呆れたようにため息をついた。
「…………出来過ぎておるとは思わんか? 儂が秀次の真意を疑ったとたんに誓紙を出してくるなど……」
「それは……」
「儂は秀次に何も言っておらぬのだぞ? なぜ先回りするように言い訳をする。……秀次が、儂に後ろめたいことでもあるからではないのか?」
疑心暗鬼に囚われた秀吉に、三成は言葉を詰まらせた。
秀吉の弟である秀長が亡くなり、秀吉を抑える“たが”がまた一つ外れてしまった。
このままでは、秀吉の疑心により豊臣家は崩壊してしまうかもしれない。
秀次も、それがわかっていたからこそ、秀吉と拾に改めて忠誠を誓う誓紙を出したというのに──。
秀吉を刺激しないように、かつ秀吉の暴走を諌められるように、三成は慎重に言葉を選んだ。
「…………仮にも、関白殿下は殿下のお身内にして、豊臣家の跡継ぎ。家中を二分するようなことだけは、避けた方がよろしいかと」
あくまで和解を進言する三成に、秀吉はまったく別の解釈をした。
──家中を二分することを避けるには、先手を打って秀次を排除するしかないのか、と。
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