「北蝦夷島が欲しいだと?」
三成を見つけたので、松前慶広から取り付けた、樺太譲渡の話をした。
「うむ。既に松前殿とは話をつけておる」
三成に北蝦夷島──樺太の説明をすると、怪訝そうな顔をされた。
「別に構わぬが……本当に欲しいのか? 米も取れず、領民のいない土地など」
「それはもう!」
米の収穫の見込めぬ土地に、並々ならぬ熱量を持つ吉清に、三成は困惑していた。
普通に考えれば、米も取れず本領から離れた土地など欲しくはない。
では、なぜ吉清はこうも欲しがるのだろう。悪いモノでも食べたのだろうか。
そんな思いが、三成の中を駆け巡る。
「……石田殿?」
「…………そうか。では、殿下にもそうお伝えしよう。……それと、最近は忙しかったからな。どこか落ち着けるところで養生するといい」
去り際の、三成の不憫そうな顔が目に焼き付いた。
三成に話を通すことで、豊臣政権下で樺太の領有に成功した。とはいえ、開発に必要な金がない。
原因はわかっている。
葛西大崎の乱、九戸政実の乱など、戦が続いたおかげだ。
領内の反乱鎮圧はもちろん、奥州再仕置軍の動員にかかった費用は、多くが大名の自腹である。
兵站など、一括して管理できる物は豊臣の奉行衆がまとめているが、請求は各大名にいくようになっている。
大名の力を削ぐための政策とわかってはいるが、着任早々、この仕打ちは酷い。
不足した銭に都合をつけるため、吉清は目加田屋を呼ぶことにした。
「お久しゅうございます」
以前、吉清に融資をした、目加田屋長兵衛が頭を下げた。
「本日は、どのようなご用向きでしょうか」
「銭を貸してほしい」
「いくらほどご入り用でしょうか」
「ざっと10万貫ほど必要だ」
「そのような大金……いったい何に使われるおつもりで?」
「儂が新たに北蝦夷島を拝領したというのは、そなたも聞き及んでいよう」
長兵衛が頷いた。なんでも、松前慶広から役に立たない土地をもらったと、商人たちの間でも評判になっていた。
「まずは、北蝦夷島開発の拠点となる港町を造りたいのだ」
「理に適っておりますな。港がなくては、何も始められませぬゆえ」
長兵衛が渋い顔で頷いた。
「されど、そもそも北蝦夷島を開発することに、どのような益があるのでしょうか。聞くところによれば、米も育たぬ不毛の地ゆえ、松前様も持て余していたのでしょう。
新たに港町を造り、交易路を作ったところで、肝心の交易品がなくては話になりませぬ」
武士が相手だというのに、物怖じしない物言いに、吉清は心底愉快そうに笑った。
「そなたのそういう正直な物言い、儂は好きだぞ」
「木村様だけにございます。私も相手は選びますゆえ」
二人はひとしきり笑うと、吉清が手を叩いた。
「そなたの言い分、至極もっともだ」
懐から紙を取り出すと、長兵衛の前に広げて見せた。
「北蝦夷島の特産品は、手付かずの木材、そして俵物だ」
紙には、樺太の特産品が列挙されている。
長兵衛を説得するため、よく調べたのだろう。
たしかに、うまみはなくはない。だが、まだ弱い。
そのことを指摘しようとすると、吉清が口を挟んだ。
「そして、同地に住むアイヌとの交易だ」
「アイヌとの交易、にございますか?」
「和人はアイヌと交易し、アイヌは大陸と交易する。つまり、間接的ではあるが、大陸と交易ができるのだ」
「されど、海外と交易するには、太閤様の朱印状が必要なはず」
「儂を誰だと思っておる。豊臣家の奉行をしておるのだぞ? 石田殿や小西殿に根回しをして、既に朱印状は手に入れておる」
説得するための材料として持参した朱印状を見せると、長兵衛が感嘆の声を漏らした。
「おお、これは……」
本当は三成から憐れむような目で見られたので、ろくに根回しせずに貰えたのだが、あえて言及する必要はあるまい。
「なるほど、利益が見込めることはわかりました。……では、なぜ10万貫もの大金が必要なのでしょう。港を造るだけなら、2万貫もあれば十分なはず……」
「さすがは長兵衛。目ざといやつよ」
再び懐から紙を取り出すと、長兵衛の前に広げた。
白紙の紙を見せられ、首を傾げる長兵衛に、線を引いて見せる。
直線に曲線。線と線が繋がり、やがて島のようなものができあがった。
「木村様、これは……」
「陸奥(みちのく)に蝦夷島……そして、ここが北蝦夷島──樺太よ」
「この地図の通りの広さだとすれば、かなりの広さとなりますな。だいたい、九州の二倍くらいでしょうか……。この話は間違いないので?」
「うむ」
なにせ、前世の記憶である。細かな形、位置は違えど、おおよそ間違いない。少なくとも、戦国時代にかけて出回ったトンデモ地図よりは正確である。
……とはいえ、その正しさの理由を説明できないのだが。
「ここで、イモや大豆といった、寒さに強い作物を栽培しようと思っている」
そこまで説明されて、ようやく長兵衛の中で線となって繋がった。
10万貫もの資金の使いみちとは、樺太へ領民を移住させ、自給自足ができるまでの食い扶持を与えるためだったのか。
米が取れないとはいえ、九州の二倍の面積。大陸との交易の中継地。豊富な海産物。寒冷地で大量栽培。自給自足。
吉清の試算を元に、頭の中で算盤を弾く。おそらく利益はとんでもないことになるはずだ。
「なるほど。木村様のお話、実に面白うございました。我ら商人は、利により先を見通しますが、木村様の目はさらに先を見通しておられる」
「おお、それでは……」
「10万貫、お貸ししましょう」
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