樺太へ向かう船。その甲板で、目加田屋長兵衛はため息をついた。
長兵衛は大道寺直英率いる樺太開拓軍500の中に同伴していた。
吉清から港町の普請や、産業の育成、現地のアイヌとの交渉などを一任されている。
金だけ貸したつもりが、体良く奉行のように使われている気がしないでもない。
というより、貸した金が膨大なだけに、力を貸さざるを得ないのだ。
これで失敗でもしたら、困るのは長兵衛だ。
莫大な金を貸しているだけに、貸し倒れになることだけは、なんとしても避けたかった。
そういう意味では、金を人質にとられ手を貸さざるを得ないのだが。
同じく樺太へ向かう船に乗っていた大道寺直英に愚痴を洩らした。
「木村殿も人使いの荒いことですな……」
「何を今更……。それがしは石巻に港の建設を任された時から気づいておりました」
上陸すると、仮設の建物を造り当面の拠点とする。
これから水深の深い土地を探し、港の建設に入るのだ。
開拓軍が港の建設を行うのと平行して、樺太アイヌとの交渉が始まった。
樺太の鮭、毛皮、ニシンの交換レートを話し合う。
彼らは商売に疎いらしく、かなり“ぼった”レートにもかかわらず、快く引き受けてくれた。
というのも、彼らが交易で米を手に入れるには、蝦夷まで直接出向くか、他のアイヌを経由して手に入れるしかなかったようで、これでもかなり得をするらしい。
三方良しがモットーの近江商人としては喜ぶべきなのだが、吉清からは締め付けすぎるなとの厳命をもらっている。
兵数も少なく拠点も脆弱なため、アイヌの反乱を恐れているらしい。
領地に善政を敷き、未然に一揆を防いだ吉清らしい判断だ。
首長との話の中で、ついでに土地開発の言質をもらった。
これで農地の開拓も進められそうだ。
開拓軍が港の建設を行う傍ら、同地に町の区画を設定し、建物の建設も進めていく。
高温多湿な本州と違い、寒波が猛威をふるうこの地では、伝統的な木造建設は不向きである。
そのため、土や漆喰を用いた壁や重い瓦屋根を用いた建物が多く建てられることとなった。
本当であれば、豊富な木材を生かした書院造が良かったのだが、時には妥協も必要である。
使わない木材が増えればその分儲けも多くなるのだと自分に言い聞かせ、涙を飲むことにしたのだった。
また、足りない人足は現地のアイヌを雇用して行った。
当然、支払いに貨幣を使えるはずもないので、持ってきた米やイモを配る。
本来は開拓に際し自給自足が安定するまでの食い扶持として持ってきたものだが、現地のアイヌと友好を築くのも大切だ。
町と港が形になってくると、今度は農地を作り始めた。
初期移民の中には漁師も多くいるため、魚だけは困らないのだが、それだけではいつか立ち行かなくなる。
そのため、本土から移住者を募り、それを受け入れるための港を造ったのだ。
移住者を乗せた船が寄港すると、さっそく畑を耕し始めた。
あとは彼らの頑張りと自然の恵みを待つばかりである。
ひと仕事を終え、長兵衛は汗を拭った。
「これで、ようやく一息つけますな」
「何をおっしゃる。これから同じような町をあと2、3造ってこいと命じられています」
直英の……いや、吉清の無慈悲な命令に、長兵衛は気が遠くなる思いがするのだった。
基本的には借りた側よりも、貸した側の立場が上になるものです。
しかし、貸した金があまりに膨大だと立場が逆転し、借りた側の方が立場が上になってしまいます。
これは、貸した金を返してもらえないと、貸した側は致命傷とも呼べる痛手を負ってしまうからです。
つまり、生殺与奪の権を他人に握らせてしまったということですね。
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