大坂の港につけたガレオン船を眺め、吉清は感嘆の声を漏らした。
「見事なものじゃ……」
「マニラより連れてきた職人に造らせました」
梶原景宗が興奮した様子で解説する。
マニラの船大工や職人を石巻に連れてくると、荒川政光に造船所を造らせ、国産ガレオン船の造船を始めたのだった。
そうして建造されたガレオン船は、安宅船とは比べ物にならない大きさと積載量を誇る、現時点で間違いなく日本最強の船が出来上がった。
上々な出来栄えに、吉清は満足気に頷いた。
「でかしたぞ。褒美にこの船は景宗の旗艦とし、名をそなたの故郷からとって紀州丸と呼ぶがよい」
「ははっ!」
感無量といった様子で頭を下げる景宗。
そこに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おお、これが我が国で初めて造られた南蛮船か〜」
予想外の人物の登場に、吉清が戦慄した。
「た、太閤殿下! な、なぜここに!?」
吉清が反射的に平伏すると、景宗も釣られて頭を平伏した。
「ああ、そのままでよい。……城から大きな船が停まるのが見えてな。見物に参ったのじゃ」
「は、はぁ……」
供についてきた石田三成が、申し訳なさそうに頭を下げた。
「例のごとく、殿下のきまぐれだ。すまないが、木村殿も耐えてくれ」
「……はっ」
吉清がうなずく。
秀吉は物珍しそうにあちこちを触り、やがて決心したように頷いた。
「……決めたぞ! この船の名は、かつての儂の居城からとって、長浜丸としよう!」
「な、長浜丸、ですか……よい名前かと……」
ちらりと景宗の顔を覗うと、落胆と悔しさの混ざった、なんとも言えない顔をしていた。
「では、さっそくこの船で日ノ本を一周してくるかの!」
「ひ、日ノ本一周、ですか……」
声が上ずる吉清に、三成が控えめに諌めた。
「で、殿下。さすがに日ノ本一周しては政務に障るかと……」
「そうか、では名護屋までにしておくか」
「殿下!」
「わかったわかった。またの機会にしよう」
甲板のあちこちを見て回った秀吉が興奮した様子で尋ねる。
「吉清、長浜丸に大筒を乗せ、金箔を貼ることはできるか?」
「えっ!?」
まるで自分の物のように扱う秀吉に、つい声が漏れてしまった。
秀吉、三成、景宗の視線が、吉清に集まる。
「ん? この船は儂に献上するために持ってきたのではなかったのか?」
石田三成が祈るような視線を向け、梶原景宗が自分のおもちゃを横取りされた子供のような目を向ける。
秀吉の圧の前に屈して、頷いてしまいたい。
千利休や豊臣秀次など、秀吉の勘気に触れた者の末路を知るだけに、嘘でも「そうだ」と言ってしまいたかった。
だが、ここで引き下がってしまっては、景宗の自分に対する信頼は失墜することになるだろう。
それは、とても寝覚めの悪い気がした。
丹田に力を込め、自分を鼓舞するように、吉清は声を張り上げた。
「お、恐れながら! この船は我が家臣、梶原景宗にやったもの。……殿下へ献上する船は別に造らせており、この船はその試作品にございます!」
「そうなのか?」
秀吉がぎろりと景宗を睨んだ。
「は、ははぁっ! ただいま、殿下へ献上する船を造らせております!」
景宗の答えに、ふっと微笑んだ。
「……なんだ。そういうことならもっと早く言え。勘違いしてしまったではないか」
人懐っこい笑みを浮かべ、ペチペチと扇子で吉清を叩く。
吉清、景宗、三成がホッとする中、秀吉は奥を見に船の下層へ降りていった。
秀吉の姿が見えなくなると、三成が小さく頭を下げた。
「……すまない、迷惑をかけたな」
「これは珍しい……。石田殿も、素直に謝ることがあるのだな」
「…………私をなんだと思ってる」
そうして、しばらく船を見物すると、秀吉と三成は大坂城へ帰っていった。
二人の背中を見送ると、二人はその場に座り込んだ。
疲れがどっと押し寄せる。
「ふぅ……肝が冷えたわい……」
「こう言ってはなんですが、なんとも恐ろしいお方でしたな。それがし、首が飛んでしまうのではないかとヒヤヒヤしましたぞ」
景宗の軽口に、吉清は笑った。
「それにしても、素晴らしい機転だったぞ。よくぞ儂の真意を汲み取ってくれた」
「殿こそ、太閤殿下を相手に一歩も引かない姿勢、お見事でした。
それがしのことなど気にせず、殿下に船を献上すればよかったものを」
「そんなことできるか。あれはお主にくれてやったものだ。いまさら我が身可愛さに奪うような真似ができるか」
「殿……!」
感極まった様子で景宗の目が潤んだ。
これ以降、景宗とは固い絆で結ばれるのだった。
その後、景宗の奮闘により、秀吉に見事な船を献上したことで、木村家は1万石の加増を受けた。
吉清は、今回の功績は秀吉の期待に応えた景宗のものであるとし、景宗の知行に1万石を加増したのだった。
そうして、石巻で造船されたガレオン船は景宗船と呼ばれることとなり、景宗船の名は後世にまで残ることとなるのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!