聚楽第での執務を終え、自分の屋敷に戻ろうとすると、廊下の先から豊臣秀次が歩いてきた。
吉清は道を譲りつつ頭を下げる。
その後ろに、伊達政宗、細川忠興、最上義光が控えていた。
秀次が吉清の前で止まると、
「お主が木村吉清殿だな?」
吉清の背中に冷や汗が流れた。
家臣に声をかけているのがバレたのか。いや、まだ勧誘はしていないはず。
それとも、秀次の最期を知り、距離を取っていたのが不自然だったか。
逡巡する吉清に、秀次が微笑んだ。
「高山国やルソン、明での武功は聞き及んでいる。今度、機会を設けるゆえ、いろいろと話を聞かせてくれ」
「…………」
答えに窮する吉清の肩を叩き、秀次は去っていった。
秀次の背中を見送ると、その後ろに控えていた政宗が立ち止まった。
「太閤殿下に臣従するのは遅れたが、此度は遅れをとらん。関白殿下とお近づきになり、伊達家をさらに栄えさせてみせる。
南の島で安穏としていたお主と違い、俺は時代の流れが読めるのでな」
勝ち誇った様子の政宗に、最上義光が足を止めた。
「伊達殿、置いていくぞ」
最上義光にたしなめられ、政宗が去っていく。
吉清が義光に頭を下げた。
「最上殿、かたじけない。助かりましたぞ」
礼を言われたというのに、義光は「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……奥州では津軽や松前に恩を売りデカい顔をしとるようだが、儂には通じんぞ」
それだけ言い残し去っていく義光の背中を見送り、吉清はポツリとつぶやいた。
「儂、何かしたかのぅ……」
吉清の言葉に、側に控えていた小姓、浅香庄次郎が複雑そうな顔をした。
「最上様の正室は改易された大崎義隆の妹君……。大崎家とは親戚にあたります。改易された大崎の領地に殿が入るのが、我慢ならないのでしょう……」
「そうは言っても仕方あるまい。大崎殿が改易されたのは儂のせいではないし、かの地を治めることとなったのは、殿下がそうお命じになっただけのこと。
それで儂を恨むなど、筋違いであろう。恨むのなら、小田原に参陣しなかった大崎義隆か殿下を恨めばよいものを……」
「それができぬからこそ、殿を逆恨みしているのでしょう」
「面倒なことになったのぅ……」
政宗とは反乱の黒幕を巡り散々敵対してきたので、敵対するのも理解できる。
吉清としても、今さら仲良くしようなどとは思わない。
だが、最上義光に関しては吉清にまったく落ち度もなく、敵対する理由など何もない。
むしろ、最上領は米どころで知られ領内の治安も良く、よい隣人になれると思っていただけに、冷水をかけられた気分だった。
と、ふとそこで天啓が舞い降りた。
そういえば、最上家は秀次事件で悲劇に見舞われるのだったな。これを防げれば、最上義光に恩が売れるかもしれない。
吉清がニヤけていると、庄次郎が尋ねた。
「殿、どうされましたか?」
「いや、なに……一ついいことを思いついたのよ……」
最上義光に恩を着せるべく、吉清は策を練るのだった。
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