朝方、私が学校に出かけるのと入れ違いに父上とアッカーマン先生が帰ってきた。二人とも髪の毛がさっぱりしている。ついさっきまでフェルナンド先生と飲んでいたらしいのにどうしたことだ? フェルナンド先生のすごい刀を見てご満悦だとか。羨ましい……
学校では何事もなく過ごした。
セルジュ君やスティード君と道場の話をしたり、アレクやサンドラちゃんと勉強の話をしたりと充実している。
そして放課後、今日は特に用もないのでまっすぐ帰る。最近ギルドに行ってないのが少し気にはなっているが。
「ただいま。」
「お帰りなさいませ。奥様がお待ちですよ。」
「分かった。ありがとね。」
あれからマリーとは風呂に入ってもらってない……
「ただいまー。帰ったよ。」
「おかえり。カースは忘れてると思うけど、今日は貴方の誕生日よ。先生の道場でお祝いをして下さるそうだからきれいにしてきなさい。それから出かけるわよ。」
そうだった! 今日で私は十歳、少し大人になったのだ。
「忘れてたよ。道場でだなんて嬉しいな。じゃあお風呂に入ってくるね。」
ふぅ、我が家のマギトレント風呂は最高だ。
今月末に完成するマギトレント空中露天風呂も最高に違いない。しかし単純計算で二十トンを超える重さになるか……今の私の魔力で大丈夫だろうか……
ここ最近は首輪を外していないし、錬魔循環や魔力放出もサボっていない。いけるか……
納品まで残り十日ぐらい……か。
ん? 誰かが入ってきた。まさか……
おお! マリーだ!
〜〜削除しました〜〜
ふぅ。今の私は魔法使いではない。賢者だ。さすらいの大賢者だ。暮れなずむ草原を吹き抜ける秋風のように爽やかな心持ち、だが若いうちから肉欲に溺れるのは良くない。明日から自重しよう。
「きれいになったわね。じゃあ行くわよ。準備はいいわね?」
「押忍!」
せっかくだから学ランを着ている。上下とも標準タイプだ。誕生日会から冠婚葬祭まで使える学ランは素晴らしい。ボタンにはマーティン家の家紋を、裏ボタンには母上の実家の家紋を使っている拘りの逸品。もちろん袖は本切羽だ。
かくして私達は馬車に乗り込み無尽流道場へと向かった。
道場に着いた。庭に何人かの姿が見える。
えっ!? スティード君にセルジュ君!? サンドラちゃんも!?
「やっと来たわね。また妙な服を着ちゃって。でも意外と礼服っぽいわね。」
「サンドラちゃん……知ってたの?」
「みんな知ってたわよ。忘れてたのはカース君だけじゃない? プレゼントは無いわよ。手ぶらで来るように聞いたし。」
「来てくれただけで嬉しいよ。僕もさっき聞いたん……」
「一人目は俺だな。」
「え!? アステロイドさん!?」
一人目って何?
「アステロイド、手加減は要りませんよ。カース、構えなさい。」
え? え? 何事? 母上?
慌てて虎徹を取り出し構える。
なぜアステロイドさんほどの人がここに?
「いくぞ!」
アステロイドさんのメイン武器は流星錘、聞くところに寄ると遠く離れた魔物も一撃らしい。
今日は手加減してくれているのだろう、細い麻縄に石が付いているだけの劣化版だ。
それなのに何という操作性。避けたと思っても後ろから襲われる。弾こうとしたら引き戻される。石に集中し過ぎると縄で絡めとられる。恐ろしい武器だ。
先端の石を砕くか麻縄を切り落とすしかないのか……
近付いたら普通にぶん殴られて終わりそうだからな。どうしよう……
そこに二つ目の流星錘が飛んで来た!
「油断してんじゃねーぞ。」
くそっ! 避けにくい! こんなのを二つも使ったらすぐに絡まりそうなのに。全然そんな気配がない。
なんて緻密なコントロールなんだ。
ならば、私に向かって来た流星錘をどうにか母上に向かって弾く。一瞬狼狽するアステロイドさん、隙あり!
虎徹一閃。
どうにか片方の麻縄を切ることに成功した。
「自分の母親に何てことを……恐ろしい奴だな。」
「アステロイドさんの腕ならあそこから逸らすことも簡単でしょ? もちろんそうでなくても母上に当たりはしませんよ。」
「ふふ、そうか。よし! いいだろう。俺はここまでだ。」
「ご苦労でしたアステロイド。中へお入りなさい。」
「はい魔女様!」
アステロイドさんは本当に信者になってしまったようだ……『俺は魔女様に呼び捨てにしてもらえるんだぜ』って誇らしげな顔をしている。
「次は私だねぇ。」
ぬおっ! エロイーズさんまで! 一体どうしたことだ!? でも嬉しいぞ。きっと今日はこういうイベントなんだ。
今日のエロイーズさんの武器は鞭。露出度の高い、男を惑わす格好をしている上に鞭か……
大抵の男は揺れる果実と深い谷間に目を奪われて、瞬く間に叩き伏せられることだろう。
しかし今の私は放浪の大賢者。世俗の女などに惑わされはせぬ!
いくら短いスカートから覗く両足が細く美しくても、その上にチラチラ見える紫の布が蠱惑的でも!私には効かない!
くっ、何とかエロイーズさんの鞭をかいくぐり、接近できても蹴りが私を攻め立てる。その度にまた紫の布がチラチラと私を惑わせ……ない! 私は惑わされてなどいない!
私は呪いを振り払うように虎徹を振るう。
「あぁいいよぉカース。もっと責めておいで。激しくさぁ。」
惑わされない! 私は賢者だ!
例えエロイーズさんの胸当てがズレようとも! うっかりスカートを切り裂いてしまおうとも!
「そうよぉ、いいわぁ。上手ねぇ。そろそろいいかい? 我慢できないわぁ。」
次の瞬間、私の首は死刑台に吊られる罪人のようにエロイーズさんの鞭によって締め上げられていた……
「ふぅ、よかったわよぉカース。もっと強くなるんだよぉ?」
「ぐえっ、押忍! ありがとうございます! ぜひまたお相手をお願いいたします!」
所詮魔法なしだと私の実力なんてこんなものか。分かってはいるが悔しいな。
「次は俺かぁ。」
うう、ゴレライアスさんまで……
「おら、いくぞぉ。」
今日のゴレライアスさんの得物は棍だ。斧を使いそうなイメージなのに。長さ二メイルぐらいの木製の棍だ。全く隙がない……
隙がないまま近寄って来る……
棍の両端を使い途切れのない攻撃が繰り出される。ゴツい見た目に反して技巧派なんだよな。
そんな猛攻を防ぎきれるはずもなく、何発もくらっている。痛い。麻の服じゃなくてよかった。しかし籠手や腕輪は付けてないし、サウザンドミヅチの服も着てないのは失敗だった。
手も足も出ない……そして痛い。
重いダメージにならないように手加減してくれているのだろう。
その上、突きまで織り交ぜられてきた。もう防戦一方ですらない。
「そろそろお終いだぁ。次のやつをどうにかしないと死ぬぞぉ。」
くっ、威圧感が増してきた。もっと手加減してくれよ。ひとまず距離を取るが……
ゴレライアスさんの間合いを三メイル以上離せない……
「いくぞぉ。」
三メイルの間合いなど無いも同然なようで強力な突きに襲われた。反応することもできなかったが、運良く虎徹に当たり防ぐことができた。いや、違うな。虎徹を狙ってくれたんだろう、棍が真ん中で折れている。
「命拾いしたなぁ。強くなれよぉ。」
「押忍! ありがとうございます!」
何なんだ今日は……
これが無尽流のお祝いなのか……
あのレベルの一流の人達が来てくれるのは嬉しいが。後何人だ……?
浴室での出来事はこちら。
18歳以上のお友達は読んでみてください。
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