ヴァルの日。王都でも学生は冬休みに入っている。グレゴリウス伯父さんとガスパール兄さんは早速修行の旅に出かけたそうだ。伯父さん仕事はいいのか?
アンリエットお姉さんとシャルロットお姉ちゃんは庭にいる。何やら二人で特訓するらしい。それは最早対決じゃないのか?
マルグリット伯母さんとおばあちゃんはそれぞれ自室、何やら書き物がたくさんあるらしい。年末だもんな。年賀状的なものでもあるのだろうか。クタナツではそんなのなかったな。
二男のギュスターヴ君は何をしてるのかな?
姉上は朝からどこかへ行ってしまった。寮に帰ったのかな?
私はアレクと朝食後の二度寝を楽しんでいる。
「ねえカース、おじいちゃんに話すの?」
「うん、話すよ。話さないわけにもいかないだろうしね。何かいい方法を知ってるかも知れないし……」
「やっぱりそうよね。でもカース、気に病まないでね。私はカースが居てくれたらそれでいいんだから。」
「ありがとう。僕だって魔力を失うよりアレクを失う方がよっぽど辛いよ。だから大丈夫だよ。それにアレクがいない時はカムイやコーちゃんが守ってくれるって。」
「うふふ、そうね。カムイって傷だらけになりながらも陸路で楽園から山岳地帯まで行ったのよね。本当にすごいわ。」
「だよね。一体どんなルートを通ったのか想像もつかないよ。よし、おじいちゃんの部屋に行ってくるよ。一人で行くからゆっくりしててよ。」
「分かったわ。お昼からデートだからね!」
ふふ、アレクはかわいいな。
ちなみに着替えも面倒だったりする。今までは一瞬だったもんなぁ。
「失礼します。おじいちゃん。」
「おお、カースや。どうした?」
「少々お話が……姉上から聞かれてるかも知れませんが。」
「……まあ座れ。ラグナ、茶を頼む。」
「かしこまりました。」
おお、ラグナ。こんな所にいたのか。まじで溶け込んでやがる。
「ちょうどいいや。ラグナも聞いておいて。」
テーブルにお茶を置き、定位置とばかりにおじいちゃんの背後に控えるラグナ。
「おじいちゃんもすでに感じてるかも知れないけど……」
目覚めから今日までのことは適当に。魔力のことはきっちりと伝えた。
「姉上は自分が面倒を見るって言うけど、僕にその気はないです。クタナツに帰ってアッカーマン先生のもとで剣術修行に励もうと思っています。」
「そうか……確かにお前から魔力を感じぬことを不思議に思っておった。まさかそんなことが起こるとはのぉ……」
「だからラグナ。すまないが例の約束、は延期で。それとも破棄する代わりに約束、のボーナスを支給してもいい。」
「ラグナ、発言してよい。」
「はい。私は延期で構いません。セグノも同様にお願いします。」
えらく素直だな。もしかしてここでの生活が気に入ったのかな? そして思い出した。セグノ・ウラナリア。ゴーレム使いの女だ。確か魔蠍に捕まって野郎どもの慰み者にされたって話じゃなかったっけ?まあいいか。
「じゃあおじいちゃん、悪いんですがラグナとセグノを当分お願いします。」
「ああ構わんとも。ラグナは今やうちの副メイド長、セグノは副メイド長付きじゃ。色々と仕事が出来るメイドは大歓迎じゃからの。」
あら、これってゼマティス家の裏の仕事までやらせてるパターンか? まあ裏の仕事が何なのか知らないけどさ。どうやったら闇ギルド出身者が上級貴族宅の副メイド長なんかになれるんだよ。怖い怖い。
「カース、陛下にもお伝えするのか?」
「はい。黙っていてもバレると思いますし、王妃様との約束、もありますので。」
さっきから約束って言葉が出にくい。まさか脳に障害でも……?
「そうか。それもいいじゃろう。カースや、ワシはな。お前のような人間を見たことがない。ワシなどの理解が及ぶところではない。よって助けてやれぬのだ。しかしの、お前は強い。芯がある男じゃ。たくましく、まっすぐ生きよ。分かったな?」
「押忍! ご指導ありがとうございます!」
エルフの村長といい、おじいちゃんといい、年長者の言葉ってのは心に沁みるよなぁ。父上の『自由に生きろ』も嬉しいし。
やはり私は幸せ者に違いない。
午後からはアレクとデートだ。コーちゃんとカムイも連れて歩こう。
美少女、精霊、召喚獣。豪華三点セットを連れているのに全く絡まれない。王国一武闘会での優勝が効いているのか、それともアンタレスを焼き尽くしたのが効いているのか、どっちだろう。それとも他に?
最初の目的地は無尽流の道場。フェルナンド先生にお礼を言いたいし、レイモンド先生にお祝いも言いたいもんな。
到着してみると、みなさん外で稽古をしていた。寒いだろうに。あぁ、道場は改築中か。
私とアレクはお揃いのサウザンドミヅチのコートがあるから全く寒くない。これを収納せずにおいて本当によかったよ。
「稽古中だね。じゃあ僕は少しだけ混ざるからコートを持っててくれる?」
フェルナンド先生は見当たらないがレイモンド先生はいる。手が空くまで稽古に参加してよう。今日は虎徹しかないから素振りだけだな。
「よーし十分休憩!」
レイモンド先生の声だ。挨拶しに行こう。
「先生! お久しぶりです。遅くなってしまいましたが、優勝おめでとうございます!」
あの時の宴会では話せなかったもんな。
「ありがとう。カース君も色々あったらしいね。元気そうで何よりだよ。そして君は私の命の恩人でもある。この恩は忘れないよ。」
「押忍。助かってよかったと思います。ところで本日フェルナンド先生は?」
「あぁ、師範ならまた旅に出たよ。北の方に行くと聞いてるよ。」
「押忍。ありがとうございます。実は今後、気軽に王都に来れなくなってしまいました。クタナツでアッカーマン先生に鍛えていただく所存です。どうか先生、お元気で。」
「そうか。色々あるもんな。いつかまた会おう。元気でね。」
フェルナンド先生に会えなかったのは残念だが、レイモンド先生に挨拶できたから良しとしよう。
「お待たせ。さあデートに行こうか。今日は賭場はなしだよ?」
「分かってるわよ。昨日のはカースが行きたそうだったからよ。」
確かに行きたかったかな。娯楽が少ないもんな。なら今日は屋台で食べ歩きもいいな。それならコーちゃんにカムイも好きなだけ食べられそうだな。
やって来たのは第二城壁内エリアの目抜き通り。所狭しと屋台が並んでいる。片っ端から食べてくれよう。
ちなみにコーちゃんが食べる分への魔力はアレクに込めてもらった。
「ピュイピュイ」
え? 薄いけど熱い? 人それぞれの味があるものだな。
ところで、全く絡まれない理由に一つ思い当たった。
傾奇者を全然見ないのだ。
あんな奴らでも少しは闇ギルドと関わりがあったのだろうか。あったのだろうな。だから片っ端から連行されたのか、それともビビって普通の風体に戻したか。
王都はこれからどうなることだろうか。
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