私が目を覚ましたのは昼前だった。昨日の大会後、自宅に帰り夕食を食べて風呂に入った記憶はある。
そして現在の私は裸。お腹にバスローブがかけてあり、その上に布団が乗っていた。この状況から判断できることは……風呂で眠ってしまったのだろう。そこをアレクに介抱してもらったと。
以前の状況と逆だー! これは恥ずかしい! あの時のアレクの恥ずかしさが理解できてしまった! 何ということだ……
食卓にはアレクの書き置きと、マーリンによる朝食が置いてあった。マーリンは通常ヴァルの日の朝食後からケルニャの日の昼ぐらいまでは自由にしていいと伝えてある。その間に掃除や洗濯などを好きなタイミングで済ませてくれている。もちろんここに泊まることも自由なのでマーリン用の一室もある。部屋はかなり余っているからな。時々旦那とここの風呂にも入っているらしい。もちろんそれもマーリンの自由だ。
『カースへ
昨日は頑張ったわね。最高だったわ!
カースは私に纏わりつく男の子が心配なようだけど、今日から私にも心配が増えそうな気がしています。
お風呂で寝ちゃったものだから体中隅々まで洗ってあげたのよ? 大変だったんだから!
次はカースが洗ってくれる番だからね! ではまた二週間後を楽しみに待っています。
アレクサンドリーネ』
隅々まで……
何てこった……
私はあの時そんなことまでしていないぞ! アレク……
まいっか。
かなり遅い朝食を終え、領都を後にする。北の城門まで歩く道中で何人かから視線を感じた。多少は有名になったのかな?
城門に到着。いつものように事務的な騎士にギルドカードを提出する。さすがにもう顔馴染みだ。
「昨日は凄かったようだね。」
「あら、ご存知で?」
「私ではないが、娘が、な……公私混同で申し訳ないが、これにサインを貰えないだろうか。」
これは扇子か? 書きにくそうだがやってみよう。
「いいですよ。」
サインと言うよりただの署名だが、構わんだろう。
「すまない、ありがとう。ではまた再来週。」
「はい、お役目ご苦労様です。」
すっかり私のライフサイクルを知られちゃってるね。
よし、待たせたねコーちゃん。もう鞄から出ていいよ。「ピュイピュイ」
さて、楽園に戻って土木作業の続きだ。次に来るときには家が完成しているだろうか。
楽園に到着したのは昼をだいぶ過ぎたぐらいだった。煙が上がっている。城壁の中に誰かいるのか?
あっ! なんとそこには!
カムイと仲良く肉を食べているフェルナンド先生の姿があった。
「先生! 先生お久しぶりです!」
「やあカース君。妙な所で会うものだね。でもここが君の領地だとすればあながち不思議でも何でもないのかな。」
うわー、先生とお会いするのは二年半ぶりぐらいだがちっとも変わってない。相変わらずこの魔境に似つかわしくない細身の王子様だなぁ。
「先生はなぜここに?」
「ノワールフォレストの森で出会った冒険者に聞いてね。少し寄ってみたんだよ。イザベル様の別荘だと聞いたが、実は君の領地だったとはね。」
「ふと、思いつきでやってみました。もうすぐ建物もできますので、ぜひ泊まりにいらしてくださいね!」
「それにこの番犬、いや番狼か。白いフェンリル狼とはね。コーちゃんといいカース君は余程精霊と縁が深いらしい。」
「ガウガウ」「ピュイピュイ」
「ええっ!? こいつ精霊なんですか!?」
「いや、違うよ。フェンリル狼は精霊の眷属のような存在でね。大地の神との関係が深い精霊と親和性が高い魔物らしい。」
「へー! すごい奴なんですね! あっ、こいつの名前はカムイです。ほらカムイ、先生に挨拶しろよ。」
「ガウガウ」
「ピュイピュイ」
「ははは、かわいい子達だね。私はフェルナンドだよ。」
「カムイが先生のことを、『強い! 凄い!』って言ってます。コーちゃんは『魔力ちょうだい』だそうです。」
浮気は許さんぞコーちゃん……
「ははは、さっき一緒に狩りに行ったからかな? 獲物を見つけて誘き寄せてくれたんだ。楽ができてしまったよ。」
「あー、その肉を今食べられてるんですね! ちなみに何ですか?」
「あぁこれはブラックブラッドブルだよ。ノワールフォレストの森によくいる美味しい魔物さ。血も内蔵も全部真っ黒だから解体が難しいのが難点かな。食べてみるかい?」
「はい! いただきます!」
「ピュイピュイ!」
先生が自ら肉を焼いてくれる。牛肉かー。ミノタウロスとどっちが美味しいかな?
旨い……硬過ぎず柔らか過ぎず、最適な弾力。口の中で溶けるなんてことはないが、噛めばいくらでも旨味が出てくるかのようだ。飲み込むのがもったいない!
ちなみにコーちゃんの分は先生が魔力を込めてくれた。コーちゃんの浮気ものー!
「めちゃくちゃ美味しいですね! これはどこの部位なんですか?」
「ピュイピュイ!」
「たぶんモモ辺りかな?」
「タン、舌は残ってますか? あるなら……」
「……カース君、変わった所を食べるんだね……夕食の時にでもこの子にあげようと思ったから全部残ってるが……」
はっ! まさか久々のファンタジーあるある?
タンは見た目が気持ち悪いから誰も食べない的な?
「薄くスパッと切ってもらえませんか? このぐらいの厚さで五枚ほど。」
「いいとも。」
先生は魔力庫から頭を丸ごと取り出して、そこから舌を丸ごと切り取る。それを短剣一閃、一瞬にして二十枚ぐらいの美味しそうなタンが現れた。
それよりも……この牛、頭の横幅だけで一メイルはある。そして角を切り取った断面は直径二十センチはある。どんな大きな角だったんだ?
さて、このタンだがせっかくなので直火で焼くのはもったいない。鉄板焼きならぬミスリル板焼きにしてみよう。
取り出だしたるはミスリルギロチン。
これを横にして加熱、そこにタンを乗せて一気に焼く!
焼けたら岩塩を振って食べる!
うん! 旨い!
「かなり美味しいですよ! 先生もどうですか?」
コーちゃんとカムイはもう食べている。今度は私が魔力を込めた。
「そうだね……何事も経験だよね……」
先生は恐る恐るフォークを伸ばす。ちなみに私は箸を使っている。
魔物とキスをするイメージなのだろうか。先生にしては中々フォークが口にいかない。
ようやく意を決して食べ、咀嚼している。
「うまい……うまいな。」
よかった! やはり美味いものは旨いんだ。
たちまち二十枚のタンはなくなってしまったので、先生は次々に切ってくれた。
しかし、いきなりやってみたのだがミスリル板焼きは思いの外、熱効率がいいようだ。これは専用のミスリル板を用意しておくべきだな。
「ところで先生は今からどちら方面に行くんですか?」
「ここで二、三日ゆっくりしたらクタナツ方面に行く予定だよ。約二年ぶりかな。今年は王国一武闘会があるから秋には王都にも見物に行こうと思ってるしね。」
「でしたらクタナツまでお送りしましょうか? ここからだったら二時間ぐらいで着きますよ。 それに八月には王都にも行くつもりなんで、その時だったらお送りできます!」
「それはすごいな! ではお願いできるかな。明後日の朝出発ぐらいで。」
それから先生はコーちゃんとカムイを連れて狩りに行った。私は一人で土木作業を開始した……
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