週末。
アレクサンドリーネはいつものようにムリーマ山脈へと向かっている。カースと行ったような高所まではとても行けないが、比較的低く魔物が多い地点で腕を磨いていた。
昼。太い木にもたれかかり『木遁』を使いながらの昼食。使える魔法の数はとっくにカースより多い。無事に昼食を終えたら午後の部だ。いつも午後からは大物を狙う。しかしカースがやるように無茶な集め方はできない。あんな危険な行為はカースがいるからこそできるものだ。アレクサンドリーネはカースに追いつけないことを苦々しく思いながらも焦らずやろうと心に決めている。
午前中に解体した獲物の残りカス。アレクサンドリーネはそれを片付けていない。彼女らしくもないマナー違反。一体どうしたことか?
答えは……
「ギギャォオオオァォーーーー!」
大物を呼ぶためだ。カースの魔力と違って大物が即座に来ることもなく、ある程度時間を置いて現れてくれるこの手法をアレクサンドリーネは多用していた。それに自分の手に負えないほどの大物が現れても困るため、遠巻きに現場を観察しながら待てるという利点もある。
今回現れたのは、ブルーブラッドオーガ。
牛のような鋭い二本の角と青く頑丈な皮膚を持つ、ムリーマ山脈では定番の魔物だ。サイズだけは三メイル超えの大物だが群れの中では雑魚クラス。クタナツの六等星冒険者なら一撃で終わるだろう。
『氷弾』『氷弾』
アレクサンドリーネの魔法が二発同時に放たれる。狙いは両目。寸分違わずオーガの目を奥まで貫きそのまま絶命させる。どうやら本当の大物でないと彼女の相手にはならないらしい。
それから断続的にブルーブラッドオーガがやって来たものの、似たようなレベルばかりだったためさほど苦労することもなかった。あらかた解体を済ませたので、そろそろ帰り支度を始める。
『豪炎』
一ヶ所に集めておいた残りカスを全て燃やす。これほどの魔法を使ってしまうと本当の大物が来るかも知れないのだが、そこはアレクサンドリーネ。さっさと飛んで帰るのみだ。ちなみに乗り物はエリザベスの影響なのか木の板である。
カースから借りっぱなしの真っ白なコートをなびかせることなく、悠々と飛んで帰っていく。
「おい、いたか?」
「いや、いねーな」
「おいあれ! 見てみろ!」
「この灰の量からすると……」
「どんだけだよ……」
「あの女が一人で……」
「おいどうするんだよ?」
「お前こそ! まだやる気か?」
「俺らだけじゃ無理だな」
「ちっ、俺らだけで楽しもうと思ったのによ!」
「魔道具がいるな。例えば魔封じの腕輪とかよ?」
「ちっ、金貨が飛ぶじゃねーか」
「参加する野郎どもで頭割りすりゃ大した額じゃねーだろ」
「そんなら俺ぁパスだ。他の野郎どもの後なんざ汚くて使えたもんじゃねぇ」
「ばかだな。それがいいんじゃねーか」
「ならお前が先にやりゃいいじゃん」
「おお、それもそうだな。いやー催促したみてーで悪ぃな」
「俺は一番最後でいいぜ。ぐったりして動かねぇあの女をじっくりいただくからよ」
このような言動をローランド王国では『取らぬオークの皮算用』と言う。
夕方。
アレクサンドリーネはムリーマ山脈から領都のギルドに戻ってきていた。純白のコートの隙間からチラリとのぞく足。若い冒険者達は俺が俺がと彼女に群がっていた。
「晩飯行こうよ。俺たちが奢るからさ!」
「たまにはいいだろ?」
「最近いつも一人じゃんか。寂しいんだろ?」
「奢ってくれるの?」
「もちろんさ!」
「どこがいい?」
「俺らと楽しもうぜ!」
「ノーブルーパスがいいわ。クイーンオークを丼で食べたいの。」
「何言ってんだい?」
「そんな店はないよ?」
「それにクイーンオークなんてそうそうないぜ?」
「あるわよ。連れて行ってあげるから支払いはお願いね。四人だと金貨百枚あれば足りるわ。」
「いい加減にしろよ!」
「そんなありもしない店を言って何がしたいんだよ!」
「そんな店より俺らの行きつけの店にしようぜ?」
「ならいいわ。じゃあね。」
「おいおい、一人で寂しいくせに無理すんなよ?」
「そうそう、俺らが慰めてあげるよ?」
「嫌なことは飲んで忘れようぜ?」
無視してギルドを出るアレクサンドリーネ。追いすがる若者達。その様を冷めた目で見る中級冒険者達、中には女性もいる。
「誰かノーブルーパスって店知ってるか?」
「あれじゃね? 貴族街の一角にある看板もない店。お貴族様御用達のよ?」
「かっかっか。あのガキどもはとんだ無知を晒しちまったわけか」
「四人で金貨百枚かい。ねぇ連れてっておくれよぉ」
「無茶言うな。そんな金あるかよ。それに誰の紹介って言うんだよ」
「そんなの適当にダミアン様の紹介とか言っておけばいいのさぁ」
「はっははっ違ぇねぇや」
「ダミアン様と言えば最近おかしいのはボンクラ四男だよな?」
「あー、人が変わったように真面目になったとか?」
「なんだよ、もうボンクラじゃねーのか」
「堅物長男に放浪二男、放蕩三男に真面目四男か。あそこも面白い家だぜ」
「あっ、でもそのダミアン様だけどよ、クタナツでやらかしたらしいぜ?」
「何を?」
「あそこの冒険者どもを片っ端から飲み潰したそうじゃねーか」
「マジか!?」
「すげぇな。いつだよ?」
「二、三年前だとよ? 本当なんだかよ?」
「しかもギルドで女を脱がしたとも聞いたぜ?」
「嘘くせーな」
「まったくだぜ。酒場女か?」
「いや、五等星だとよ?」
「やっぱり嘘じゃねーか!」
「だよな、あそこの女で五等星って『双鞭エロイーズ』か『双拳ゴモリエール』しかいねーぞ?」
「絶対嘘だな。あのクラスの女がおいそれと脱ぐかよ!」
「だよな。放蕩三男どころか辺境伯本人の命令だとしても脱ぐわけねー」
「何よ、あんな色ボケ女! 金になればどこでだって脱ぐわよ!」
「そうよ! いくら五等星だからって所詮冒険者よ! お高く止まってんじゃないわよ!」
「へっ、お前らはいくら払ったら脱ぐんだ?」
「金貨百枚に決まってんでしょ!」
「そうよ! 見たいんなら出してみなさいよ!」
「いや、別にいいわ」
「それよりお高く止まってんのはアレクサンドリーネだろ?」
「へへっ、バカな野郎どもが暴走しなけりゃいいな?」
「まあ関係ねーけどな。なるようになるってもんだろ」
ちなみにギルドの外にまでアレクサンドリーネを追いかけた冒険者達は手を凍らされたために解かすのに四苦八苦していた。
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