魔力を振り絞って契約魔法をかけたため、私はかなり深く眠っていたようだ。起きたらすでに昼。アレクはとっくに起きているのか。
「ボスぅ、全然起きなかったじゃないかぁ。いい夢見てたのかぃ?」
「何回か起こした? よく寝てたわ。」
「朝に三、四回起こして起きなかったから今まで放置かねぇ。添い寝してやろうかと思ったさぁ。」
「俺は添い寝ぐらいなら許すけど、アレクが許さんかもな。あ、そうそう、明日の昼には王都を発つから準備しておきな。」
「分かったよぉ。アタシぁもう王都が怖いねぇ。早くゼマティス家のない所に行きたいよぉ。」
こいつほどの悪党が怖がるとは……一体おじいちゃんや伯父さんはどんな仕事をさせたんだ? 聞く気もないし、どうせ契約魔法で喋れないようにされているだろう。
「後で王城に行ってくる。シンバリーのことを頼んでみるが、期待するなよ?」
「あぁ、分かってるさぁ。ボスぅ、ありがとねぇ。」
食堂に降りてみると、アレクがいた。今から昼食かな。
「カース、起きたのね。よく寝てたわ。」
「おはよ。久しぶりに魔力が空になるまで使ったからかな。結構体がダルいよ。」
以前ほど魔力放出をしなくなったんだよな。完全に空にすることもなく、二割は残る程度しかやってない。さすがに魔境や王都で魔力を空にはできないからな。
昼食後、私は一人で王城へ向かう。つい先日も来たばかりなのにご苦労なことだ。
門番さんも素早く取り次いでくれた。そしてメイドさんによって案内されたのは……国王の自室!?
マジで!? 展開が早すぎる……今日は一体どうなっているんだ!?
目の前には国王。その後ろには側近さんが二人。
「どうしたカースよ。昨日言い忘れたことでもあったのか?」
「あの……陛下。ご相談がありまして……」
「なんだ? カースにしては珍しいな。威勢がよくないではないか。」
そりゃあよくないさ。横紙破りを頼もうとしているわけなんだから。
「数年前に奴隷に落ちてどこかの鉱山で労役をしている男、鴉金のシンバリーと言う者がおります。この者を僕が引き取るわけにはいきませんでしょうか。」
「ふむ、どのような者かは知らぬが王命を以ってすれば大して難しいことではない。しかし、いかにお前の頼みとは言え王命を使う価値があるかどうかの判断がつかぬ。事情を詳しく話してみよ。」
詳しく説明した。クタナツでの事件からシンバリーの捕縛、解放を望む理由まで。このようなことに国王の時間を使わせてしまって申し訳ないな。
「なるほど。そのシンバリーとやらを解放して欲しいと。ムリスと金庫番に関しては改めて頼むかも知れないと。」
「その通りです。」
国王は顎に手を当てて考えている。
「ところでカースよ、気付いているか? 先日の褒美だが、お前の功績と全く釣り合ってないのだ。」
「そうなんですか? ミスリルはともかく、あれだけのオリハルコンはかなりの褒美と思いましたが。」
「あれはドラゴンゾンビやヌエに関する褒美だ。王都を救ったことに対する褒美ではない。」
あー、言われてみれば。ドラゴンゾンビの褒美は王妃が任せてねって言ってたな。
「なればこそ、お前の領地、楽園への結界魔法陣を無料でやってやろうという考えだったのだ。もっとも、それでも釣り合わぬがな。」
「そうなのですね。」
「結論から言えば、そんなお前の頼みならば鉱山奴隷の十や二十、いくらでも解放してやれる。」
「なるほど。それでは陛下に差し支えがないようであればシンバリーの身柄をいただけますでしょうか。」
その時、誰かがドアをノックした。
「入れ。」
「失礼いたします。例の者に関しまして、ご報告に上がりました!」
「うむ、見せてみよ。」
入室してきた騎士は国王に何やら書類を渡している。そして直立不動で待機している。
「なるほどな。お前達はシンバリーがいなくなると困るか?」
「はっ! いささか困る事態になるかと愚考いたします!」
なんだなんだ? シンバリーがいないと困るだと?
「カースよ。面白いことになっておるぞ? かのシンバリーだがな、鉱山ではなく王国騎士団の憲兵隊で飼われておる。契約魔法が重宝されているようだ。」
「あらら。そうなりますと解放って訳にはいきませんよね? こちらとしましてはシンバリーがいないと困るって訳ではありませんので。」
正直、私としてはどうでもいい。ラグナの職場環境を整えてやろうとは思ったが、王国騎士団に迷惑をかけてまで奴を引き取ろうとは思わないからな。
「ところで余は不思議なのだが、なぜこのような犯罪者が憲兵隊で働いておるのだ?」
「はっ! 憲兵隊隊長ミリテイル様の一存だと聞いております!」
「そうか、分かった。下がってよい。」
「はっ! 失礼いたします!」
あんな犯罪者を憲兵隊で使うとは。王国騎士団も意外とやるもんだな。あいつも契約魔法を使えるようだし、憲兵隊なら使い道が盛りだくさんなんだろうな。あいつにとって幸運だったのは憲兵隊がこの度の反乱には参加してなかったことだろうか。ツイてる奴だ。
ならばラグナには適当な男でも用意してやろうかね。
「さてカースよ。お前が望むなら奴を解放することもできるが、どうする?」
「いやぁ、憲兵隊に迷惑をかける訳にはいきませんので取り下げます。お時間を取らせて申し訳ありませんでした。」
「ならばこの件は終わりだ。今度はこちらからの相談だ。お前は妙なことをよく知っているそうだな? 教団があれほどの人数を動かした薬なのだが、かなり不可思議なことになっておる。」
「薬ですか? あの神の声が聞こえるとかって言う?」
あの薬って偽物だよな? 神の声なんか聞ける訳なかろうに。
「そうだ。その薬を調べてみたところ、ただの小麦粉だったのだ。ただの小麦粉でどうやってあれだけの信者を扇動できたのか。皆目見当がつかぬ。捜査が行き詰まっておってな。何か知恵が欲しいところなのだ。」
「その薬を開発したエルフは、あんな薬を信じる人間ってバカ丸出しだと言っていたそうです。つまり何の効果もないのは始めから明白だったのだと思います。それが効いた理由は……」
「何か心当たりがあるのか?」
「思い込みだと思います。」
「何? 思い込みだと?」
我ながら変なことを言ってる気はするけどね。
「薬だと信じて飲めば小麦粉でも病気が治ることがあるそうです。奴はそれを利用して本当に小麦粉を飲ませて信者を操っていたのではないでしょうか。」
「なるほど……そんなこともあるか……」
さすがの国王も黙り込んでしまったか。私だって他に思いつかないからこの結論に至っただけだしな。
それにしても他にまだ判明してないこともあるよな?
謎が多すぎるんだよ。幹部だってまだ一人逃げてるし、そもそもあんなヤバい鎧を一体どこから手に入れたのか。尋問魔法や洗脳魔法まであるくせに、肝心の証人が死にまくってるから捜査のしようがないんだよな。あ、私が教団本部をぶち壊した所為もあるか?
いや、ないだろうな。あの手の奴らがご丁寧に証拠を残しておいてくれるとはとても思えないもんな。知ーらない。
しかしまぁ、国王も大変だよな。その上、魔境に街を作らざるを得なくなったとは……さすがに同情してしまう。少しぐらい助けてやるか……何かできることはあるのだろうか?
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