「さあカース。もう分かったわね? この魔法の本質は何かしら?」
「押忍、たぶん本能を制御すること? 痛みを感じなくなってるのはただの副産物じゃない?」
「その通りよ、さすがカースね。よく分かったわ。というわけで魔物には効きやすかったりそうでなかったりするわ。人間相手だと効果抜群だけど。さあ、まだまだ魔物は来るでしょう。なら今度はカースがやってみなさい。最初は何も考えずに魔力をしっかり込めておけばいいわ。」
「押忍!」
魔物の本能と言えば食欲と性欲、おまけで睡眠欲ってとこか? 奴らからすると人間は色んな意味で旨いそうだからな。この魔法によって本能が極端に肥大してしまった場合、本能以外のことがすっぽり抜け落ちてしまうんだろうな。痛みすら感じないほどに。こんなの人間に使ったらかなりヤバいことになるな。そりゃ禁術だわ。
おっ、ゴブリンが四匹か。まとめてかけてみるかな。
『フーダンナ シンシーム ショーコーウ イッサーグ ジンジョーム コーショーム ヒッシーメ ツドーガン ジョウジューラ 抑圧されし魂よ 陀利華に囚われた精神よ 郡生海より解き放ち 忘我の境地に参らせ給え 無痛狂心』
ゴブリンAはBの腕に噛み付いた。BはCの尻を掴み腰を振っている。そんなゴブリンCは棍棒をやたらめったら振り回し、DはAの大腿部に噛み付いている。
なるほど……きっちり制御しないと効果がランダムに現れるんだな。
ならば次、東から接近してきたコボルトには、食欲旺盛になるように……
『無痛狂心』
いけるな。どいつもこいつも一心不乱に食い合ってやがる。
おっ、遠くに見えるのはトロルではないか。じゃあ、あいつには……
『無痛狂心』
痛みだけを消えるようにしてみた。できているだろうか……『狙撃』
効いてるな。ライフル弾が肩を貫いたのに少しも意に介していない。ドスドスと足音を立てながらこちらに近寄って来る。もう少し撃ち込んでみるかな。
『十六連弾』
心臓と頭以外を撃ち抜いてみた。しかし苦痛を感じているようには見えない。実験成功だな。なら、もういいだろう。
『徹甲弾』
頭を吹っ飛ばしておいた。では、自分に使ってみよう。痛みだけが消えるように……
『無痛狂心』
おお!
これはすごい!
あれだけ全身痛かったのが嘘のようだ!
「母上! これすごいね! もう全然痛くないよ!」
「それはよかったわ。もちろん治ったわけでないから三日ぐらい安静が必要なのは変わりないわよ?」
「うん。七等星昇格試験があるから、それ以外は安静にしておくよ。ありがとね!」
いやーすごい。危険な魔法も使いようだよな。それにしても母上はどれだけの禁術を知っているんだろうな。マリーもそうだ。まだまだ私の知らない魔法をたくさん知ってるんだろうな。
「じゃあこれまでね。帰ってお茶の続きといこうかしら。」
「お疲れ様でございました。」
「よし、じゃあ乗って乗って。」
まだ昼にもなってないもんな。帰ってティータイムを楽しんでからランチってか。私はそれから昼寝だな。明後日の試験まで寝て過ごそう。
ただいま。相変わらず実家って感じはしないけど。
のんびりティータイム。のんびりランチ。優雅なひと時、マリーの料理も久しぶりだな。美味しかった。
「そう言えば母上、王都で何か仕事があるって言ってたね。どんなの?」
「ああ、あの件ね。大したことじゃないわ。ちょっとディオン侯爵家を皆殺しにしてくるだけよ。」
母上……スーパーで大根を買ってきてってトーンで何を言ってるんだ?
「ディオン侯爵家? 何をしたの?」
「キアラを狙ったのよ。本気で殺そうとしたのか脅しのつもりかは分からないけどね。よほどフランツウッド王子の婚約者の座が欲しいようね。」
なるほど……そっち系の事情ね。
「分かった。証拠とかあるの?」
「ないわよ? ベレンの証言のみね。あの子は昔ディオン侯爵家の者との婚約が決まりかけてたのよ。それでたまたま見たディオン侯爵家の紋章を知ってたのね。」
「ああ、犯人がその紋章を身につけてたのを見たってこと?」
「正確には、犯行現場から遠ざかる馬車にその紋章があったそうよ。だから、証拠なんてないの。でも、だからこそカースに頼んでるのよ。どうにでもなるでしょ?」
「なるね。分かったよ。どういうつもりかきっちり吐かせて、関係者を皆殺しにすればいいんだよね?」
「その通りよ。皆殺しにした現場にはこれを落としておきなさい。」
イヤリングか? 特に紋章など入っていない、特徴のない品だな。
「分かった。任せておいて。」
何にしてもキアラを狙ったんだ。きっちり落とし前つけてやらねばな。夜中にメテオ一発とはいかないが、じっくりやればいいだろう。
今から王家も世代交代だもんな。順当に行けば兄貴のブランチウッドが王太子になるはずだ。なのになぜ、フランツウッドを狙うんだ? 色々と目論見があるんだろうが……
ディオン侯爵家か。ベレンガリアさんとしては盆暗すぎて嫌だって聞いた気がする。上級貴族である実家から勘当されても構わないほどに。あーやだやだ。人間、分相応に生きていけば世の中は平和なのにさ。
あー、やだやだ……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!