結局男爵の屋敷に着いたのは一時間後ぐらいだった。闇雲が解除され辺りを見渡してみると山の中なのに普通の建物が並んでおり、私がいたのは玄関前だった。
「それでは改めまして、うちの工房へようこそ。まずは先ほどの樽をお返しいただけますか?」
「ええ、こちらです。少し飲んでしまいましたが「ピュイピュイ」おいしかったそうです。」
「はは、そうですか。では代わりの酒を選んでいただきましょうか。こちらへどうぞ。」
『浄化』
私とコーちゃんとカムイをきれいにしておく。
「お気遣いありがとうございます。お若いのによくお気付きで。」
「センクウ親方の所にも行きましたので。」
男爵が重そうなドアを開くと中には大量の樽が所狭しと並んでいた。センクウ親方の所でも見たなあ。
「ピュピュイー!」
コーちゃんはご機嫌で蔵へと飛び込んで行った。あんな円らな瞳で酒を搔っ食らうんだから人は見かけによらないよなぁ。人じゃないけど。
「すごい量ですね。センクウ親方の所より広くないですか?」
「まあここは王都と違いまして土地には不自由しませんからね。」
そりゃそうだ。
「ピュイピュイー!」
コーちゃんの声がする。もう決めたのか。
「もしや、見つけられてしまいましたか。」
おやおや? まさかとっておきの酒でも発見したのかな?
そこまで移動する私達。とある古そうな樽の前で踊っているコーちゃん。
「ピュイーピュイー!」
「あれがいいそうです。」
「さすがに一樽丸ごと差し上げるわけにはいきませんので、こちらの小さい樽に移しましょう。」
男爵が魔力庫から取り出したのは最近よく見る二十リットルぐらいの樽だ。
元の樽の栓を抜き魔法で酒を移す男爵。私の魔法『水操』とそっくりだ。
「この酒はですね。私がここに居を構えて最初に仕込んだ酒なんです。ディノ・スペチアーレなんて名前を付けておりますが、ただ荒削りなだけの酒ですよ。」
「ディノ・スペチアーレ!? これが!? しかも最初期なんですか!?」
コーちゃんの嗅覚はすごいな。これだけの酒の中から見事に見つけ出したのか。
「これは二十年物ですかね。もう父親はいないってのに……未だに、私は……」
そうだ。確かディノとは男爵の父親の名前か。フランティア騎士団の魔法部隊への入隊を嘱望された男爵が酒造りの道へと進路を変えても応援したという、偉大な父親の名前なんだよな……
「ありがとうございます。貴重なものとお見受けしましたが、遠慮なくいただきます。」
これはすごいものを貰ってしまったな。私も少しは飲んでいいよね、コーちゃん?
「ピュイピュイ」
「さて、それではようやく本題ですね。あなたから託されたこれらのお酒について、ご説明いただけますか?」
「私からも聞きたいことはありますが、まずはお答えしましょう。まず、センクウ親方のお酒。かなり臭いですよね? もちろん理由があります。」
「そ、それを聞きたいのです! 靴でも何でも舐めますから教えてください!」
「旦那様……お気を確かに……」
もしかして男爵って変人なのか?
「いやいや、大した話ではありませんよ。私が親方のお酒に魔力を込めただけです。」
「は? 魔力? 魔力なら私だって毎日込めてますよ! 繊細に! 慎重に!」
「そういうものらしいですね。その酒には遠慮なしにどっさり魔力を込めました。たぶん男爵の全魔力の数万倍ぐらいの魔力を。」
「は!? 数万倍ですと!? さすがに理解できませんよ!? カースさんはそんなに魔力があるってことですか!?」
本当は数百万倍はありそうだけど。
「ありますよ。自分の口から言うのも何ですが、常人とは比べ物になりませんね。」
そもそも母上だって他人に魔力切れを見られたことがないレベルらしい。私はその十倍以上……理解が追いつかなくてもおかしくはないよな。
「ならば、ぜひ私の酒にも魔力を込めてもらえないですか!? 遠慮なしに!」
「いいですよ。臭くなっても知りませんが。」
「では、外に行きましょう。セリグロウ、ドルベン五年を外に。」
「かしこまりました。」
私達に遅れること三分、執事が外に出てきた。
「お待たせいたしました。旦那様、こちらでよろしいでしょうか。」
執事が魔力庫から酒樽を取り出す。
「ああ、これだ。ではカースさん、これに全力で魔力を込めてもらってよろしいか?」
「いいですよ。ただし、この樽は丸ごといただきますよ?」
もう結果は見えてるからな。これぐらいは貰っておかないと割に合わないもんな。
「すごい自信ですね。まあいいでしょう。ゴミを引き取ることにならなければいいのですが……」
「では……」
せっかくなので錬魔循環からゆっくりと行う。
我が心すでに空なり……
空なるが故に……無!
全魔力を込めてやった……限界まで……
本気の全開、全魔力……くっ、意識が飛びそうだ……
カムイ……私の身の安全を、頼む……
「ガウガウ」
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