いきなり誰だと言われてもな。ここは公共の図書室だぞ?
「あー気にするな。俺はもう帰るから。さあさ、続き続き。」
「むっ! 貴様誰の許しを得てここにいる!? 部外者め! 叩き出してくれるぞ!」
そりゃあ制服を着てないから部外者だろうけどさ。
「だから帰るって。俺のことはほっとけ。」
「魔王さん……」
あれ? 私のことを知ってるのか?
「君は?」
「お忘れですか? シャロン・ド・バズガシカですわ。セルジュ先輩のお部屋でお会いしましたね?」
あー思い出した。セルジュ君の後輩か。
「セルジュの部屋だと!? シャロン! 君はセルジュと僕を天秤にかけているのか!?」
「もちろん違いますよ……私がこうしてここにいるのが何よりの証拠ですわ?」
今のうちに帰ろう。バカらしい。
「待て! 貴様もシャロンを狙っているのか! 誰にも渡すものか!」
「ザゴス先輩、その人……魔王さんですよ?」
どーも魔王でーす。などと言う気はない。
「なっ!? 魔王がなぜこのような場所に!? いるはずがない……」
さすがに私の存在ぐらいは知ってるのか。
「あんまり気にするな。ちょっと本が読みたくなっただけだ。お前もしっかり勉強しろよ。そんなんだからセルジュ君に勝てないんだろ。」
セルジュ君は首席をキープしているらしい。さすがだ。
「う、うるさいうるさい! 僕はパウロ子爵家のザゴスだ! 所詮魔王などと言っても魔法しか能がない低脳だろう! 頭で僕に勝てると思っているのか!」
まさかこいつ……女の前だからいいカッコしたいタイプなのか? まあ確かに国語や社会のテストなら勝てないわな。ずっーと勉強してないんだから。今の私の学歴は小卒みたいなものだ。
「算数なら勝てるが?」
むしろ算数でしか勝てない。どんな授業をしているのか知らないが、初等学校からするとそこまで難しいとは思えないな。
「ほぉう? ならばこの問題が解けるか!」
こいつが見せてきたのは図形の角度を求める問題だった。五芒星の突き出た頂点を全て足すといくらになるかというものだ。
「百八十度だな。解説は必要か?」
これは簡単。普通は中二で習うし、中学受験対策で勉強している小六もいるぐらいだ。
ちなみにローランド王国でも角度は三百六十度刻みだったりする。
「なっ、なっ、でたらめだ! 偶然に決まっている! 計算もせずに見ただけで解けるものか!」
「私は知りたいですわ。解説をお願いしてもよろしいですか?」
「まあいいよ。内角と外角の関係は知ってるな? この内角とこの内角を足すとここの外角と等しくなるよな? 同じようにこことここも等しい。すると、あら不思議。五つの角が一つの三角形内に集まるわけよ。だから百八十度ね。」
意外とこれが理解できない中学生は多いだろうな。簡単なのに。
「ぬ、ぬうぅっ! な、なら! これも解いてみろ!」
「百二十度。」
「すごいですわ魔王さん! 一体なぜそうなるのですか!」
「待った。お前、もしかして宿題を俺にやらせようとしてないか? もう帰るんだから自分でやりな。」
ちなみに問題は『三角形アイウの頂角は六十度。底角イウをそれぞれ二等分する直線を引き、その交点をエとする。角イエウの大きさを求めよ』だった。これって角イも角ウも分からないんだよな。分からなくても関係ないのに。
「というわけで百二十度になる。分かったな? 分からない時は素直に先生にでも聞いた方がいいぞ?」
帰ると言っているのに説明してやった私。やはりお人好しだな。
「魔王さんすごいです!」
「ぐっ……」
おっ、やっと黙った。ではさらばだ。いやー貴族学校の算数のレベルが知れたのは収穫なのか。そうでもないな。今の気分は勇者ムラサキやその仲間の死を改めて知り、少しブルーなんだよな。それにしても王家には勇者の血だけでなく、イタヤ・バーバレイの血も入っているんだな。他の仲間達の血脈も続いてそうだよな。ここは図書室だし、調べたら普通に載ってそうだ。今日は帰るからまた今度だな。次はいつ来るのかなんて分からないけど。
「じゃあな。セルジュ君によろしく。」
「はいっ!」
さてと、帰って夕食かな。今夜は早く寝るとしよう。
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