入門翌日、 パイロの日。
私達は本日も十時から道場の庭に来ている。すでに何人かは中で稽古を始めているようだ。
「よし二人とも、今のうちに準備運動をしておこう。」
「そうだね。セルジュ君もやっておいた方がいいよ。」
「なるほどー。そんな動きも大事なんだね。」
セルジュ君はスティード君に教わりながら体をほぐしている。
人数は昨日よりだいぶ少ないな……三十人ぐらいか。中には何人いるんだろう?
アッカーマン先生が出てきた。何をやるかと思えば、昨日と同じ狼ごっこだった。違うのは先生自ら狼役ってぐらいだ。
上位五名が中で稽古、それ以外は城壁の外を三周だそうだ。
結果、私は五位。スティード君とセルジュ君は十位ぐらいだった。いよいよ中に入れるのか……
道場内にはフェルナンド先生と父上もいた。
そういや父上は朝から出かけるって言ってたな。
門下生は私を含めて十三名ぐらいだろうか。
アッカーマン先生も道場内に入ってこられた。
「よし! では新たな五名も来たことじゃ。最初からやるぞ! 構え!」
私達新入生五人は訳も分からずみんなと同じように構える。そして見様見真似で素振りを始める。
いつまでやるんだ……
もう三十分はやってるぞ……
昔、体育の授業で似たようなことをしたが、あの時より振り方は矯正されているし、スピードも増している。そしてスタミナも増しているはずなのに、もう疲れた……
あんなハイレベルな三名に見られてるだけでこんなにも消耗するとは。
そこから少しずつ足も動かした。
どちらかの足を半歩前に出したり、後ろに下がったり。二歩続けて歩いた後に剣を振ったり。
さらに今度は剣を振る向きが変わってきた。袈裟や逆袈裟などだ。これにも足捌きがあるのでかなり大変だ。いつもやってることと同じはずなのに。
「よし、やめ! 次は掛かり稽古じゃ! 二列に並べ!」
ゾロゾロとフェルナンド先生と父上の前に列ができる。なるほど、あの二人に打ち込むわけだな。
「いけ!」
アッカーマン先生の号令に合わせて最前列の二人が掛かっていく。フェルナンド先生も父上もそれを涼しげな顔で受けている。
やはりカッコいい。
いよいよ私の番だ。相手は父上、稽古をつけてもらうのは初めてだ。それがこのような場所とは。
「いけ!」
アッカーマン先生の号令に合わせて私は飛び出した。父上に私の成長を見てもらおう。全力で虎徹を振り下ろす!
「おいおいカース、そんなに強く振り下ろしたら床が割れちまう。ジジイが泣くぞ?」
何と父上は普通の木刀で音もなく私の虎徹をやんわりと受け止めていた……生卵でも優しくキャッチできそうだ……
そこから私は力の限り打ち込み続けた。蹴りも頭突きもなし、剣の腕を見て欲しかったのだが……父上はその全てをふんわりと往なし、捌き、受け止めた。やはり父上はすごい!
「そこまで!」
再びアッカーマン先生の号令がかかる。わずか一分足らずだがとても充実していた気がする。
「いい打ち込みだったぞ。最初はそれでいい。次からもガンガン来いよ。」
「押忍!」
何だか嬉し過ぎる。初めてだ……
こうしてフェルナンド先生の列に並んだり、再び父上の列に並んだり。思う存分打ち込むことができた。門下生同士の対戦はやらないようだ。
こうして夕暮れまで稽古は続いた。
最後は全員で雑巾掛けだ。前世の小学校を思い出す。
オディ兄直伝の掃除魔法を使ってもいいのだが、これが足腰の鍛錬にもなる、のか?
「カース、ハルさんと一緒に家に帰っておいてくれ。私達は三人で飲みに行くから。」
「うん分かった。じゃあ奥様、帰りましょう。」
先生夫妻は道場と家を建てられたので、うちに泊まることはなくなったのだが、今夜は違うようだ。
「ここからうちまで歩くとまあまあ遠いですけど、のんびり歩きましょう。」
「こんな街の夕暮れの中ををのんびり歩くのも楽しいもんだよぅ。」
これもある意味デートだな。楽しい帰り道になりそうだ。
カースとハルバートが歩いて帰っている頃、道場では。
「さすがにクタナツのもんは強いのぉ。」
「ええ、若い上に素質がある者が多かったですね。」
「うちのカースだって中々だろ〜?」
「ふぉっふぉっふぉっ。この親バカめ。」
「カース君は迷いのない良い太刀筋でしたな。剣で大成するタイプではないですが、失敗することもなさそうです。」
「そりゃ仕方ないな。あいつ魔法は凄いからな。さてと、やるかジジイ?」
「おお、掛かってくるがいい。」
「では私は審判を。」
飲みに行くのかと思ったら稽古が始まった。
一対一だったり、一対一対一だったり。はたまた二対一だったり。
そんな剣術バカ達だった。
ちなみに『剣術で失敗する』とはいくつかパターンある。
・己の腕を過信して決闘で死ぬ。
・己の腕を過信して調子に乗って事件を起こす。そして奴隷落ち。
・道場の経営に失敗して身売り、もしくは夜逃げ。
・道場破りに破られる。これは経営の失敗に含まれる。
などが挙げられる。
「ふぅ、アランよ。よく精進してしておるのぉ。だが、まだまだじゃ。ワシ程度に勝てんでどうする。ばかたれが。」
「うるせージジイ。また強くなりやがって! 俺が勝つまで生きとけばいいだろ。」
「そしてフェルナンドよ。何回聞かれても教えることなど無いわい。また強くなりおったな。目隠しでワシら二人に圧勝ではないか。」
「いや、まだまだですよ。自分の未熟さが嫌になります。」
「さすが兄貴。どこまでも強くなるんだろ? そろそろエルダーエボニーエントだって一撃じゃないか?」
「ふふっ、無茶言うな。まぁあれからいい剣も手に入れたからな。前回よりは善戦できそうだ。」
「さて、いい汗もかいた。今度こそ飲みに行くぞ。アラン、案内せい。」
こうしてカースの帰宅から遅れること二時間半、三人は夜の街に消えていった。どんな夜になるのだろうか。夜はまだ始まったばかりだ。
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