思いの外ダンスは楽しい。それはアレクのリードがいいのか、それとも音楽のせいか。アレクも楽しそうに踊っている。
「カースとこうして踊れるなんて嬉しいわ。一緒に来てくれてありがとう。」
「僕も楽しいよ。誘ってくれてありがとう。」
本当に楽しい。前世のディスコやクラブなんかより余程楽しいな。
「少し休憩ね。喉も渇いたことだし主催者に挨拶もしておかないと。」
えらく遅い気もするが、そんなものか。むしろアレクは挨拶を受ける側の人間だしな。
「ダマネフ伯、アレクサンドリーネでございます。本日は楽しませていただいております。」
「おお、アレクサンドリーネ嬢ではないですか! お綺麗になられましたな。おや、そちらの方は?」
「私の最愛の男性、カース・ド・マーティンです。両親も彼には一目置いておりますの。」
「アラン・ド・マーティン騎士爵が三男、カースと申します。本日はお邪魔いたしております。」
「ダフネス伯爵家当主のラスニールです。あのお二人に一目置かれているとは驚きですな。どれほど多くの男性が嘆くことか。今夜は楽しんでいかれてください。」
ふう。やはり貴族の相手は緊張するな。伯爵と言えば立派な上級貴族だ。アレクパパは爵位では男爵でしかないがクタナツの騎士長でありアレクサンドル家であるため最上級貴族となっている。私は見たことはないが、ごくたまにそれを「たかが男爵」と勘違いする者がいるらしい。恐ろしいことだ。
「何か食べましょうよ。飲み物は何にしようかしら。」
「ペイチの実はあるかな?」
「多分ないわよ。この規模のパーティーでそれは難しいでしょうね。」
子供がメインのダンスパーティーだからか。冷たい飲み物なら何でもいいや。
私達がテーブルの一角で飲み食いをしていると数人の貴族子弟が現れた。
「アレクサンドリーネ様、本日はようこそお越しくださいました。それにしてもお人が悪い。いらっしゃるならお申し付けくださればお迎えの馬車をご用意しましたものを。」
「悪かったわね。放課後彼とデートしていたら急に踊りたくなったものだから。だから今夜はダンスのお相手はできないわ。ごめんなさいね。」
「いえいえ、こうして来てくださっただけで望外の幸せというものです。アレクサンドリーネ様ほどの方がいらっしゃるだけで場の華やぎが違いますから。ドレスとレッドベリルの組み合わせが素晴らしく似合っておいでです。」
いいこと言うじゃないか。アレクなら当然だ。領都の花だな。
「ところで今夜はダンス以外に趣向がございます。ぜひお供の方にもご参加いただければと思います。」
「何かしら? 彼の気が向けばいいのだけれど。」
「その昔、時の王の命令で我が子の頭上のアプルの実を矢で射抜いた男はご存知でしょう。今夜はそれを水球など安全な魔法で行い、優勝者には賞品を出すというものです。」
その話は知っている。ウィリアム・テルオだ。よく魔法もなしにそんな危ないことができたものだ。
「カースどう? やってみる?」
「いや、やめておくよ。興味がわかないから。むしろアレクがやってみたらどうだい?」
私の狙撃なら容易い。もちろん水球でも火矢でも氷弾でもだ。
「それもそうね。今日は遊びに来たんだし、やってみるわ。」
「アレクサンドリーネ様にご参加いただけるとは光栄です。開始はもう三曲終わった後ですので、順番が来ましたら係の者が呼びに参ります。的はお供の方がされるといいかと。」
「そうですね。それなら僕がやりましょう。」
アレクの魔法を至近距離で見るのは面白そうだ。
踊ったり食べたりしているとイベントが始まった。ステージで演奏していた楽団は消え、先ほどの若者貴族が現れた。
「お集まりの皆様、これより余興の時間となります。腕に覚えのある方は舞台にお上りください! 優勝者には賞品として『辺境の一番亭 最上級部屋の宿泊券』を差し上げます。また、それ以外の賞品は早い者勝ちとなっております!」
ステージ幅は三十メイルぐらいか。そこに立つ両者の距離は二十五メイルぐらいだろう。この距離で人の頭上に乗せた果物を矢で射抜くなんてとんでもない。怖すぎるぞ。
アレクなら水弾でも氷弾でも間違いなく命中するだろう。問題は私の頭上というプレッシャーに勝てるかどうか、ここはアレクの成長のためにぜひ氷弾でやってもらおう。
アレクの順番は最後だし、ぜひ全員の度肝を抜いて欲しいものだ。まだまだ時間はかかりそうだな。もうしばらく飲み食いしていよう。
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