三十分経過。完成目前だ。再び会場の注目が戻ってきた。
ここで緞帳が降りる。完成まで焦らす作戦か。
「アレク! 大丈夫!? 熱くない?」
「ええ、大丈夫よ。カースのおかげで涼しかったわ。それよりいきなり舞台に呼ぶなんて驚いたわよ。」
「俺の心配もしてくれよ。大事な仕上げしてんだからよー。」
「がんばれ!」
「頑張ってください。」
「ピュピュピュイ!」
私だって魔力が残り半分を切ってるんだぞ。さすがにミスリルが多過ぎる。アレクだって体調が悪い中、よくポーズをキープしてくれてるものだ。
そして五分後。
「完成だ! 緞帳を上げてくれ!」
顔をびっしょりにしたダミアンが叫ぶ。水か汗か分からない。私は舞台袖に引っ込んでローブを脱ぎ、何食わぬ顔で会場に姿を現わす。
そしてゆっくり緞帳が上がる。演奏が変わった! ダミアンを讃えるかのような荘厳な曲が流れる。
幕が上がりきったので、金操でアレク像をゆっくり会場一周、それから中央に下ろす。
誰も声を発しない。剣や鎧に加工するだけで一苦労のミスリルをここまで精密に彫刻したんだ。前代未聞だろう。それにモデルがアレク、領都の社交界、貴族の子供世代に限るが華と言える存在だ。それが凛々しさを湛え幸運の象徴と絡み合っているのだ。国に二つと無いお宝だろう。我が家の玄関のど真ん中に飾ろう! いいよな?
沈黙から数分後、どこからともなく拍手が湧き上がり会場を称賛の渦が席巻した。それに合わせて演奏も『勝利の凱旋』といった雰囲気だ。アレクもダミアンも大勢に取り囲まれ賞賛を浴びている。逃げててよかった。
観客には悪いがそろそろ帰ろう。アレクの顔色がますます悪くなっている。コーちゃんはすでに私の首に巻きついている。いつの間に?
でもどうやって連れ出そう……
堂々と行くか。
「アレク、帰るよ。」
アレクを囲む輪の中に入り込み手を取る。
「ええ、さすがに疲れたわ。帰りましょう。では皆様ご機嫌よう。」
「待ちたまえ! 君は彼女が誰だか分かってるのかい?」
「君ごときが口をきいていい相手じゃないよ」
「身の程を知りたまえ」
無視して行こうとしたら囲まれた。当然か。
「待ちたまえと言っているんだ!」
「私は帰りたいのです。そこを通していただけますか?」
体調が悪いのに凛々しいアレク。頼りになるなぁ。本人の口から言われてしまってはさすがの貴族達もぐうの音も出ないようだ。すんなり通してくれた。刺すような視線は感じるが魔力は感じない。アレク像は明日取りに来よう。ダミアンにしては珍しく私に声をかけてくることもなく、すんなり帰れそうだ。
今夜は馬車を待たせてあるので、早く乗り込もう。
もうすぐ我が家だからね。あと少しがんばるんだ。
「もうすぐ着くからね。帰ったらこのまま寝るかい? それともお風呂にする?」
「お風呂に入りたいわ。カースには悪いけど一人で入るわね。」
「うーん、それはいいんだけど……治療院に行かない? さすがに心配になるよ?」
「行っても意味がないわ。たぶん貧血だから。ゆっくり休めば治るわ。」
貧血か……魔力がどんなに高くても血を抜かれたら死んでしまうよな。私も気をつけなければ。そうなると、明日の朝食は……
アレクは風呂に入った。
「コーちゃん、アレクを頼むね。悪いんだけど風呂から寝るまで一緒にいてあげてくれる?」
「ピュイッ!」
さすがコーちゃん、頼もしい!
私は少し出かけるとしよう。部屋に書き置きを残しておいてと。
夜のカスカジーニ山へとやって来た。狙うはオーク、貧血にはレバーだ。普段はどこにでもいるオークだが、夜は分からない。夜行性でないため巣を探す必要があるのだ。
魔力探査をしてみても反応が多過ぎて分からない。魔力が高い順に狙ってみよう。当然真っ暗闇なので光源を使うのだが、無闇に明るくしても雑魚や虫が寄ってきてしまう。
そこで光の球を先行させてみる。足元が暗くて多少不安だが、しばらくこれで行ってみよう。
第一魔物が近付いてきた。『麻痺』
私の魔力なら雑魚専用魔法の麻痺でも効き目はまあまあだ。さて、この魔物は……
猪の魔物、ラスティネイルボアか。毛皮がハリネズミのように鋭く、体当たりでも喰らおうものなら穴だらけにされてしまう恐ろしい猪だ。
頂きだな。
『狙撃』
脳天を一撃。そして収納。オーク狙いだったが豚も猪も似たようなものだ。きっと栄養が豊富に違いない。
もう二、三匹かな。次の魔物へと足を運ぶ。その時横から魔物が襲ってきた。蜂だ! 反射的に虎徹で叩き落としたが、大きい。三十センチはある。蜂って夜行性だったっけ? 次が来ないうちに早く逃げよう。一応収納しておいてから。
大きく場所を移動し、次の魔物を探す。魔力が大きい反応は……あっちか。予定変更、あと一匹でもう帰ろう。やはり夜に狩りなんてやるもんじゃないな。
来た! 大きい! 熊の魔物、オーガベアか……
鋭い二本角と強力な爪で獲物を引き裂き強靭な顎と牙で丸ごと喰らう、恐ろしい魔物だ。特にこいつは全長六メイル……何トンあるんだ?
『徹甲弾』
なっ!?
嘘だろ? 額に当たったのに弾かれた! しかしグラつきはしたようだ。普通なら頭が丸ごとなくなる威力だぞ?
ならば! 奴が態勢を整える前に奥の手だ。
『狙撃』
よし! 脳天を貫通! ゆっくりと倒れこみ、大きな音を立てる。収納したいが絶命したのか不安だ……えーい、待てん!『落雷』
よし、大丈夫だろう。さっと近付き、ささっと収納……できた!
よし帰ろう!
ちなみに奥の手とは、ミスリルの弾丸だ。標準的なライフル弾をイメージしてある。もちろん回収も忘れない。
こっそり自宅の庭に降りて中に入る。玄関には私かアレクかマーリンの魔力でしか開けられない鍵がかけてある。
ゆっくり寝室に入る。アレクはちゃんと寝ているか……よし、寝ているな。いい子だ。なら再び出かけよう。
ギルドにやって来た。さすがは領都のギルド、二十四時間営業している。
先ほどの魔物を解体してもらうのだ。
「こんばんは。解体をお願いしたいのですが、急ぎです。」
「条件次第ですね。特急料金が発生いたしますので詳しく聞かせてください。」
「料金はお任せします。ラスティネイルボアとオーガベアです。早朝までに肉と内臓が必要です。それ以外は全て納品可能です。また早朝までに私の自宅に届けて欲しいです。」
「おそらく可能ですね。では現物を見ながら相談いたしましょう。こちらへ。」
そうして私は解体倉庫らしき場所へ案内された。前回の汚い倉庫とは違うな、温度も低い。
「こちらへ出してください。」
二匹を取り出す。
「ほぉー、このオーガベアは大物ですね。これなら特急料金を払ってもまだ金貨十数枚ぐらいは残ると思いますよ。」
「それでいいです。その金額はギルドカードへ入金をお願いします。特に内臓は少しでも新鮮に保ってください。くれぐれもお願いいたします。」
「承りました。それにしてもこれだけの魔物を脳天一撃ですか……」
よし、これでいい! 明日の朝食が楽しみだ!
台所にマーリン宛に料理指示を書いておこう。やっと私も風呂に入って寝れそうだ。アレクは喜んでくれるだろうか。元気になってくれればいいんだが……
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