ケルニャの日。もう週末。
まだカースは帰って来ない。
まだ目覚めてないのだろうか。それとも、大変な状況なのにあんな手紙を書いた私に愛想を尽かしたのだろうか。
もちろん本気で浮気をするつもりなんかない。例え後数年カースが帰って来なくても。
カースがどんな顔をするのか、少し意地悪したかっただけ。
たまには色んな男から情熱的に愛を囁かれるのもいいものよってソルは言ってたけど……私には分からない。もし私がアレクサンドル本家の生まれで、そこらの公爵家の誰かと結婚することになったら、私はどうしただろうか?
カースと出会ってなければ言われるがままに結婚して毎日どこかのお茶会に出て、毎晩どこかのダンスパーティーにでも出席していたのだろうか?
それは今の生活と比べるとあまりにも退屈で苦痛だ。
ソルがカースを好きになったのも当然かも知れない。
「アレクサンドリーネ様。明日のご予定はどうなっておられますか? ぜひ僕とボーンナム子爵家のパーティーに」
「ならば明後日はいかがでしょう? 僕とプラーント伯爵家のダンスパーティーに行きませんか?」
「ところで今夜はペイジミー男爵家での催し物がありますよ。エスコートさせてください」
昼休み。ここ最近はいつもこうだ。時々アイリーンとも食事をするが、基本的には一人。
すると、このような男の子達がパーティーへ誘ってくる。カースとなら行ってもいいが、それ以外で行く気などない。
「ごめんなさいね。私にはカースがいるから。カース以外と踊る気もないの。そのうちカースと一緒に参加させてもらうわね。」
すると男の子達は決まって可哀想なものを見る目で私を見る。
『現実が見えてないのか?』
『お前は捨てられたんだぞ?』
『そんなことも分からないのか?』
そう言いたいのだろう。口に出して言えばいいのに。
「プッ、聴いた? あの女まだあんなこと言ってる」
「聴こえたわよ。可哀想にねぇ〜」
「あんなカス貴族が忘れられないのねぇ」
「その上いつも一人寂しくランチ。哀れよねぇ〜」
「しかもまた順位を落として五位よ?」
「ププッ、恥ずかし〜い」
「どこまで落ちるのかしら?」
「賭ける? 私は十位ぐらいと見たわ」
「じゃあ私は八位ね」
「さすがに魔力的に落ちようがないんじゃない? 六位ね!」
「そうなると、冬休み前のテストかしら?」
「そうね。まあ進級がかかったテストでもないけど」
「賭金は一人銀貨三枚。当てた子の総取りね」
「いいわね。大穴狙いで一位に賭けようかしら?」
「ハハッ、いいんじゃない? 捨て金ありがとーってね」
アレクサンドリーネは気丈に振る舞っているつもりだったが、数字は嘘をつかない。着実に順位を落としていた。
そして週末、デメテの日。
いつも通り一人で領都の北、カスカジーニ山へ向かっていくのだった……
クタナツでの用事は済んだ。明日には領都に向けて出発だ。週末に間に合うだろうか。ケルニャの日の夜、遅くともデメテの日の朝には着きたいのだが……昼だとアレクはどこかに出かけてしまうだろう。それとも毎週末は私の家で過ごしてくれているのだろうか。
まさかアレクに限って浮気なんか……
いや、するはずがない!
疑ってなんかいない!
その日の夜、オディ兄はエルダーエボニーエントの装備を私にくれようとした。しかし私はほとんど断った。確かに欲しいのは欲しいのだが、魔力庫が使えない今、荷物は少ない方がいい。服や下着類は倒れてからもずっと同じものだが、防汚が付いているので全く汚れてない。本当にすごい。むしろ私の体の汚れを吸い取って排出してくれているのかと思えるほどだ。高い服を作っておいてよかった。
オディ兄からは鉢金だけを貰っておいた。木製だけど鉢金。いつもの帽子は魔力庫の中なもので、頭の防御がないからだ。これで額の防御はバッチリだ。
そしていつも通り風呂でキアラに本を読んでから洗ってやった。少しは重くなったかな?
もうキアラの魔力を感じることもできないけど、少し見ない間にまた成長していた。水の魔法で人形を作り、自在に動かして私の体を洗ってくれるとは。普段はわざわざこうやって自分の体を洗っているらしい。力加減と言い精密な操作と言い……もしかして私に魔力があったとしても既に超えられているのか?
その人形に込められた濃厚な魔力と来たら……ゴモリエールさんの蹴りにすら耐えられるのではないか? まあ魔力なんか感じられないから触った感じでの判断だが。
キアラ……私の分まで強くなってくれよ。
翌朝。いつもは南の城門から出発するが、今日は北だ。そして私は決めた。カムイに首輪を付けることを。私は弱い、だからいつでもどこでもカムイに守ってもらうのだ!
同命の首輪の手続きも終わりいよいよ出発。今日はキアラ以外の全員で馬車に乗って城門まで来た。まあ馬車じゃなくてペガサス車だけど。何でこいつ、マルカは生まれて二、三ヶ月で馬車を牽けるまでに成長してんだ? 魔物だから? それにしては素直ないい子だよな。
マリーはもちろんクタナツに残り、オディ兄とソルサリエに行くらしい。ギルドの仕事を受けて、少しでも母上が早く帰れるようにと。
ベレンガリアさんは変わらずメイドだ。留守とキアラを頼んだよ。
では、お別れだ。
「じゃあみんな。元気でね。カースのことは任せておいて。」
「姉上、頼んだよ。」
「お嬢様、くれぐれもお気をつけて。」
「エリザベスさん、また会いましょう!」
「カースも元気でな。またクタナツでな。」
「坊ちゃん、この度は本当にお見事でした。」
「カース君、またね。アレックスちゃんに捨てられたら私が慰めてあげるからね。」
うるせえよ! そんなことあるかい! さてはベレンガリアさん、この間の首輪の件を根に持ってるな?まったく。
「色々ありがとね。じゃあまたね!」
さあ、ここからは私と姉上、コーちゃんとカムイの四人だ。領都まで二日ぐらいだろうか。それでは週末に間に合わない……
「ガウガウ」
え? 引っ張る?
「姉上、カムイが板を引っ張るって。だから姉上は浮身を使うだけでいいよ。」
「ちゃんと速度は出るんでしょうね?」
「ガウガウ」
「ははっ、振り落とされないでね、だって。」
カムイと板をロープで結んでと。カムイのスピードを見て驚くなよ?
カムイが走り出した。もうオディ兄達が点になってしまった。速すぎる。しかも空を飛ぶのと違ってスピード感がものすごい。バイクより視点が低いせいか? これは楽しいな。姉上がきっちり水平を保ってくれているおかげか酔いそうな気配もない。走り出しや曲がる時のGがキツいし、止まる時が心配だが……これはすごいアイデアだ。カムイえらい!
「ガウガウー!」
カムイも全力で走りまわれるのが楽しいらしい。
これならデメテの日には到着するのではないか? もうすぐ、もうすぐだ。
カムイもコーちゃんも私には過ぎた友達だ。どうやら魔力は失くしても、それなりに楽に生きていけそうかな?
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