到着。スティード君は準備万端だ。
「おはよー! 今日から頑張ろうね! せっかくだから兄上を連れてきたよ。昼まで教えてもらおうよ!」
「おはよう。ウリエンお兄さんもおはようございます。せっかくのお休みなのにありがとうございます!」
「少し見ない間に大きくなったね! 騎士になるんだって? 頑張ってね。」
兄上がスティード君を最後に見たのは五年以上前だもんな。
「じゃあせっかくだからフェルナンド先生式の授業といこうか。狼ごっこだ。二人は逃げる、僕は追う。追いついたらこれでお尻を叩くから避けるか防ぐかしてね。」
それは普通の木刀か。
癒しの杖ではないのだな。
私とスティード君は反対方向に逃げる。
ゲッ、兄上がこっちに来た!
もう追いつかれた! 速すぎる!
ならばせめて防御を……
する間もなくケツを叩かれた。
いつぞやの兄上のように吹っ飛びはしなかったが、痛い。
次に兄上はスティード君に迫る。
あっさり追いつかれたが、スティード君は兄上に正対して剣を構えている。
これならケツを叩かれないか……
と思ったら兄上の打ち下ろしがスティード君の剣に当たり、スティード君は剣を落とした。
その隙に兄はスティード君の背後に回り込みケツに一撃。側から見ても痛そうだ。
「スティード君、怖い狼が来てるんだから逃げないとだめだよ。背中を見せるのは危ない、でも逃げないといけない。騎士は辛いよね。」
「押忍!」
さすがスティード君。全然へこたれてない。
「さあ、次々行くよ。十回戦までね。今の勝負はギリギリスティード君の勝ち。たくさん勝った方にはご褒美があるよ。」
そこも先生方式なのか。
私はアレを一回しか貰えなかった。しかもお情けで……今日は負けられない!
スティード君を犠牲にしてでも私は生き残る!
結果は、五対五。
兄上が交互に狙うものだからこうなってしまった。かつてオディ兄にやったような囁き作戦もスティード君には通じなかった。
「では最終決戦といこうか。二人で僕を狙っておいで。体のどこに当ててもいい、先に当てた方の勝ちだ。始め!」
弾けるようにスティード君が飛び出す。
私も遅れるわけにはいかない。
しかし兄上が速い!
しかし我が家と変わらない広さのこの庭で逃げ切るには速さだけでは無理だ。
さすが兄上、速さだけではない。
あの動きは、あの日のクロちゃんだ。
ノワール狼の子、クロちゃんのような緩急自在の動きを思わせる。
隅に追い詰めて、足が止まったかと思えばトップスピードで私達の間を抜ける。
先回りしようと思えば急に方向転換する。
一撃当てる前に追いつくこともできない。
「では最後のチャンスだ。一分間この円から出ない。その間に当ててみようか。」
私とスティード君は申し合わせたかのように兄上を左右から挟む。
スティード君は上半身を、私は下半身を攻撃する。
スティード君の攻撃は避けられ、私の攻撃は防がれている。左右同時に見えているのか……これが近衛学院の特待生レベル……
もう時間がない! 私は木刀を兄上に向かって放り投げる。避けたらスティード君に当たるぞ? そして私は体ごとぶつかる、タックルだ!
見事兄上の右足に飛びつくことができた。狙いは胴体だったのだが。
「よし、カースの勝ち。よくやった。さてスティード君、見てたね? 剣に拘ることはないんだ。勝てばそれでいいんだよ。今のは僕が木刀を避けないと確信して投げられたものなんだ。避けたらスティード君に当たるからね。カースのこういう所はフェルナンド先生も褒めてたものだよ。」
「押忍! さすがカース君! やっぱりすごいね!」
「いやー兄上だからね。剣じゃあもうどうにもならないと思ってさ。」
「さて、ご褒美だ。パシモンの実。甘いか渋いか食べてみるまで分からない面白い実だよ。さあ今すぐ食べてもらおうか。」
罰ゲームかよ!
「ペイチの実じゃないのね……どれどれ……甘い! ペイチの実が爽やかな甘さだとすればこれはねっとりとした甘さだね。」
「僕がペイチの実なんか手に入れられるわけないだろ。当たりのようでよかったな。さて、昼まであんまり時間がないから型を見せてもらおうかな。」
「「押忍!」」
こうして兄上に細かく修正をしてもらいながら形稽古を行った。当たり前なのかも知れないが型通り動くのはとても窮屈だ。しかしそれこそが重要なのだ。
いい稽古になっていることだろう。
「じゃあ帰るね。もうしばらくクタナツにいるから後一、二回ぐらい見てあげられるかも知れないね。じゃあスティード君、頑張ってね!」
「押忍! ありがとうございました!」
さあ昼食だ。
「お兄さん凄かったね。しかもカッコ良かったし。あれが近衛学院のレベルなんだね。」
「すごいよね。フェルナンド先生から弟子だと名乗っていいって言われてたし。」
「うわー、凄いね! 剣鬼様の弟子なんだ!」
「てことはスティード君は剣鬼様の弟子の弟子だね。」
「それはいいね! 今度からそう言おう。」
昼食、そして昼寝。
午後の稽古が始まる。
昼からは引き続き形稽古だ。ただし今度はプールで。
先ほど教わったことを踏まえてお互い注意し合いながらゆっくり型をなぞっていく。
「ねえカース君、さっきのあの技は何て言うの?」
「あの技? どのこと?」
「狼ごっこの最後にお兄さんの足に飛びついた技。ただぶつかったんじゃなくて技に見えたもんだからさ。」
「あー、あれは『タックル』って言うんだよ。本当は押す・持ち上げるを同時に行って相手を地面に倒す技なんだけどね。奥が深い技なんだよ。」
「そっかー、迫力がすごかったから気になってね。騎士は素手でも負けられないもんね。」
「素手と言えば校長先生から聞いたけど、ギルドの組合長は素手だとクタナツ一強いらしいよ。殴る蹴る以外に色々な技を使うとか。」
「へぇぇーすごいんだね! やっぱりクタナツって強い人だらけだよね。きっと校長先生も凄いんだろうね。」
「だよねー! うちの父上より強いらしいしね。僕らも頑張らないとね。」
プールに腰まで浸かって形稽古を行ったため、私達はもう足ガクガクだ。
「あっ! しまった! 僕らってさ、稽古の間に柔軟体操をやってない! 前後にも!」
「え? 何それ?」
「体ってね、鍛えると強く堅くなるよね。それで関節まで固くなってしまうと動きが悪くなってしまうんだよ。だから稽古の前後とか合間にはしっかり体を伸ばさないといけないんだ。疲れも取れやすくなるしね。」
「へぇぇー! そうなんだ! 知らなかった! さすがカース君、物知りなんだね。」
「と、言うわけでまずは入浴。体を少し暖めてから柔軟をしよう。後で乾かすからこのまま入ってしまおうよ。」
そう言って私はプールに火球を入れて温度を上げる。やはり沸かしすぎた。水滴で調整する。自分の風呂ならバッチリなのに。
私は上半身だけ脱ぐ。スティード君もそうした。
「友と汗を流して昼からお風呂、青春だね。」
「全くだね。未だに青春がよく分からないけど青春だね。」
さて、服を乾かして柔軟だ。
今日は最初なので小学生が体育でやる程度でいいだろう。わずか十五分のお手軽ストレッチだ。
「こんな感じで色々動かしておくと怪我もしにくくなるよ。他にもたくさんあるから追い追いやっていこう。」
さあ次の稽古は何だ?
「次は互格稽古だよ。お互いゆっくり対戦しながら弱点を無くしていこう。」
なるほど、いわゆる乱取りだな。
「使うのはこれ、スライムソード。これなら当たっても痛くないんだよね。」
これは何だ? スライムなのか?
それともそういう名前のおもちゃなのか?
まあいい、新聞ソードみたいなものだろう。
「カース君、右の脇腹に隙が大きいよ。」
「踏み込みが甘い、もっと思い切って踏み込んでおいで。」
「動く時に足を高く上げてしまうと隙が大きくなるよ。」
スティード君はすごい!
私も何か言ってあげたいが全然分からない。
教えてもらってばかりで申し訳ないな。
こんな稽古が夕方まで続けられた。
足もガクガクだが腕もだ。
このまま風呂に入って柔軟をしよう。
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