本日、ついに五歳になった。春からはピカピカの一年生だ。
そんな志を新たにご馳走を貪る。
昔は貧乏な家庭かと思っていたが、かなり上等な部類だろう。
幸運だなぁ。
前世からも飢えたことはないが、それでも衣食住に不自由しないのは幸運なことだろう。
あ、衣には不自由している。
何せ綿がないから肌触りがよくない。防寒着以外はほぼ麻なのだ。亜麻や大麻系を原料とする布が一般的だそうで。
絹もあるがかなり高いとか、私はお目にかかったことはない。さらに高いのは魔法関係の布らしい。
布の原材を育てる段階から魔法が関係しているため値段は天井知らずだと小耳に挟んだ。
「カース、五歳の誕生日おめでとう。春からはいよいよ入学だな。もう少し遊ぶ時間を増やしてもいいんだからな。
遊び、勉強、修行が同じ割合ぐらいでちょうどいいと思うぞ。」
「そうよカースちゃん。時々カースちゃんが魔法を練習するのを見てるけど、かなりすごいわよ。
遊びや勉強の中からも魔法に役立つこともあるわ。バランスよく楽しみなさいね。」
「うん。ほどほどにやってみるね。ところで火の魔法に困ってるんだよね。
どうしたものかな。」
「こらこら、そんな不粋な話はやめておけ。それよりお前達に豪華プレゼントだ。
うちには立ち寄らなかったが、兄貴からだ。まずはオディロン、この杖をやろう。」
それは何の変哲もない木の杖だった。
現在の私の身長より短く、腕より太い。杖と言うより棒のようだ。木目が美しい。
「覚えているか? 兄貴はノワールフォレストの森でエビルヒュージトレントを狩ってきてな。そこから約束通り私達にお土産をくれたのさ。私やイザベル、マリーにまで貰ってしまったよ。」
「じゃあこれってすごいお宝だよね。僕にはもったいないよ。いいの?」
「もちろんだオディロン。この長さをよく見てみろ。
戦うには少し短いとは思わんか? もちろん魔法の発動に不都合はないがな。これはな、せまい場所でも不自由なく魔法を使うためのものだ。」
「えっ! それって!?」
「そうだ。家事をするのに便利なように作ってある。
そもそも魔法の行使に杖を使う必要はないが、杖を使い慣らすのにお前には家事が一番だろう。」
「うん! ありがとう父上!
先生にもお礼を言いたいけど、もうクタナツにはいないんだよね?」
「ああいない。だから手紙でも書いておけ。
届くようにしといてやろう。ちなみに削ったのは私で、魔力を込めたのはイザベルとマリーだからな。大変だったんだぞ?」
「ええっ! マリーも!? マリーィー!」
そう言ってオディロン兄は部屋を飛び出した。
マリーの所に向かったのだろう。
「ふふっオディロンのやつめ。さあカースにはこの木刀だ。
魔法に使えば効率上昇、普通に剣として使えば、軽いし丈夫だ。騎士団で使いたいぐらいだぞ。」
「うわーすごい! 一生物のお宝だね!」
「まあカースちゃん、いい言葉を知ってるわね。大事にしなさいよ。」
「うん! 僕も先生に手紙を書くよ! これでもっと頑張るよ!」
「いい子だ。しっかりお前の魔力を馴染ませておくんだぞ。」
「馴染ませる? それってどうやったらいいの?」
「ふふ、簡単よ。木刀を自分の手だと思って錬魔循環をしてごらんなさい。
カースちゃんなら一年もかからない内に木刀に魔力が流れるのを感じると思うわよ。
そうやって魔法使いは自分だけの杖を作るのよ。そしたら魔法の威力が何倍にもなるんだから。」
「へぇーすごい! じゃあ母上も杖を持ってるの?」
「あるわよ。私も今回フェルナンド様からお土産を貰ったから新しく作ったの。
これで五本目よ。上等な杖は一生物だけど、消耗品でもあるの。だから一本しかないといざって時に危ないのよ。」
「まさに転ばぬ先の杖だね。」
「おっ、えらく古い言葉を知ってるじゃないか。よく勉強してるな。えらいぞ。」
「普段は杖ありと無し、両方で練習しておきなさい。
杖がない時は、大きい魔法を使えるように。杖がある時は、より細かく制御できるように。
カースちゃんは天才だからできるわよ。」
「うん! 学校に行くまでにあれこれやってみるね!」
そして夜は更け子供が寝た後で、大人達は酒を飲む。
もちろんイザベルは飲まない。
「いやーすごいものを貰ってしまったな。エビルヒュージトレントだぞ。
あんな貴重でデカくて重いもの兄貴ぐらいの魔力庫がないと持って帰れないよな。」
「ええ、さすがフェルナンド様よね。そんな価値が天井知らずで貴重なものをポンとお土産ですって。私達は幸せ者だわ。」
「ありがたいことです。私ほど贅沢な奴隷は王国に一人もいないでしょう。
これも全ては旦那様の人徳かと。」
「はっはっは。たまたまさ。たまたま入門した道場が無尽流で、たまたまフェルナンド兄貴と気が合っただけさ。
他にもいたけどみんな死んでしまったからな。」
「あら、それこそが貴方の人徳よ。そこらの男だったらフェルナンド様に嫉妬が止まらないわよ? それなのに貴方ったらもういい年なのに兄貴兄貴って、フェルナンド様が可愛がるのも無理はないわ。
そんな器が大きい貴方と結婚できて誇らしいわよ。」
「そんな旦那様だから坊ちゃん達が立派に育たれているのだと思います。
次のお子様もきっと元気なよい子になることでしょう。」
「いやいや、趣味を優先して生きてきた結果さ。騎士になったのは誤算だったがな。まあ俺が四十過ぎる頃には退役できそうだし気楽にいこう。
そして子供達から少しずつ金を貰って暮らそうじゃないか。」
「それはいいわね。クタナツはバカな貴族や犯罪者がいないだけに気楽に暮らせるけど、それでも危険が大きい場所だものね。」
「どこにするかはおいおい考えるとしよう。カースの卒業に合わせてもいいしな。」
「カースちゃんのことを考えると、このままクタナツにいた方がいいわ。またはクタナツほどじゃなくても田舎がいいわね。
カースちゃんの魔力、魔法を見られたらよからぬ事を考える者も出てくるわ。特に王都あたりでは。」
「それはいらない心配だ。そんなことはカースに任せておけばいい。あいつはバカじゃない。うまくやるさ。
どうしても駄目ならその時に考えればいいさ。」
「それもそうね。オディロンも下級魔法をまあまあ使えるようになってきたし私達が心配することも少なそうね。ね? マリー?」
「そうですね。オディロン坊ちゃんの洗濯魔法はすごいです。
どうしてそうなるのか分かりませんが、血の汚れですら落としてしまうんです。それでいて服を痛めることもないんです。多分、ゴブリンの腰布でさえきれいにしてしまうのではないかと。」
「ほほう、それはすごいな。案外、洗濯の個人魔法を持っていたりしてな。」
「それならそれでもいいんだけど。一体いつからなのかしら。
個人魔法が侮られるようになったのは……魔法なんて何でも使いようなのに。」
「聞く処に寄りますと、大昔、無自覚の個人魔法使いがいたそうです。
そんな彼の個人魔法は『爪先を痒くする』ことでした。そのため彼に近付いた者は人畜魔物を問わず爪先が痒くなっていたそうです。
魔力も高かったのが仇になったようですね。ほぼ全ての近付く者が痒くなったそうです。後年、個人魔法という概念が確立されつつある頃、彼に近付くと爪先が痒くなるのは個人魔法の為だと解明されたとか。」
「へえ、そんなことがあったのか。」
感心するアラン。
「さらに数年後、個人魔法の概念が広まってきました。
そんな時、一人の英雄が現れました。あの勇者ムラサキ・イチローです。
彼の偉業を支える仲間の一人に個人魔法使いがいました。かのロッド・ナスティです。
ロッドは偉大な魔法使いですが、個人魔法も持っていました。
それは『詠唱中の声が裏返る』ことでした。
当時は無詠唱の概念がなかったため彼が魔法を使う際は常に声が裏返っていたそうです。
勇者ムラサキはその声を殊の外気に入っていたようですが、何も知らない村人や騎士、貴族達には『神聖な魔法詠唱を愚弄している』と映ったようです。
勇者が気に入っていたこと、また裏声で詠唱をすると魔法の威力が大幅に上がることから、彼は個人魔法を使い続けました。」
「まあ、そんなことが。」
イザベルも関心を持った。
「いつしか個人魔法とはロッドの使う恥ずかしい声の魔法と認識されたそうです。
爪先のこともあり、個人魔法を使うことは恥ずかしいという共通認識が生まれたとか。
ちなみにロッドはその個人魔法を敵にも使い、敵の魔法詠唱を阻害することもできたそうです。
私が村の長老から聞いた話です。」
「へぇ〜、それはすごいな。確かに勇者ムラサキと四人の仲間は有名だよな。
いや、面白い話をありがとな。」
「やっぱりエルフの歴史は私達と違うのね。勉強になるわ。
それでどう? オディロンの洗濯魔法は個人魔法?」
「分かりません。見た目は水の魔法のようです。
私の役に立ちたくて仕方ないようです。」
「ふふっそうか。それならそれでいいか。
すまんがマリー、オディロンを頼むな。」
「もちろんです。ただ料理以外もう教えることはありませんが。」
「うふふ、オディロンもやるわね。じゃあ私は先に寝るわね。
マリー、当分アランの世話は任せるわ。じゃあおやすみなさい。」
当主とメイド、よくある構図、よくある関係。
夜はまだまだ明けない。
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