残り魔力は一割ちょいあるし、領都に行くのに何の問題もない。今度こそ出発するぞ。
でも一応魔力探査……よし! 半径数キロル以内に強力な魔物なし!
海があれだけ血塗れになり、強力な魔法を使ってしまったけど! 現時点でいないんだから知ったことではない! いくぜ領都! 夜明けの前の紫の空路を!
途中少し居眠り運転をしてしまったが、どうにか領都に到着。すでに城門は空いていた。ノード川を越えた時点でアレクには『伝言』を使ったし。まずは自宅に帰ろう。ああ眠い。
自宅までもう二百メイルって辺りで……
「カース!」
「アレク!」
アレクがお迎えに来てくれた。それも寝間着、ケイダスコットンのワンピースのままで。なんてかわいいんだ。
「カースのバカ! 昨日待ってたんだから!」
「ごめんよ。本当はもっと早く来るつもりだったんだけど。とりあえず帰ろうか。アレクのそんな服装を誰にも見せたくないよ。」
だってそのワンピースの下は……
「そ、そ、そうね! 帰るわよ!」
私が帰るとすぐにリリスが朝食を用意してくれた。腹も減ってたんだよな。
「と言うわけなんだ。いやー大変だったよ。」
「そうなのね。そっちも大変そうね。実はこっちもね……」
アレクによると、領都では至る所で冒険者同士のケンカが多発しているらしい。大まかに分けると、クタナツ勢 対 領都勢。
正確に言うとクタナツの上位陣と領都の上位陣がダミアン側。領都の中位以下がダミアンの兄側らしい。数は兄側の方が多いのだが実力では相手にならないそうだ。あくまでケンカで済んでいるのはどちらも武器を使用してないかららしい。
クタナツの上位陣か……バーンズさんやエロイーズさん、ゴモリエールさんはこっちにいる。アステロイドさん達やゴレライアスさんは知らない。他にも私の知らない五等星や六等星がいるだろうが、クタナツも大変な時に大変なことが重なるものだな。
当の兄側だが、そのような冒険者しか集まってないためトンネル工事を開始できないらしい。すでにルートは決まり、工事を始める前にスタート地点辺りを広範囲に渡って魔物の駆逐をしないといけないのだ。人夫用の小屋や資材置き場など、かなりの面積が必要になるだろう。その準備ができないことには掘り始めるどころではない。辺境伯も頭が痛いんじゃないかな。このままだと領都騎士団を動かすことになるのだろうか。無理だろうなぁ……騎士が一人魔物に殺されただけで大損害だもんな。そりゃ冒険者に外注した方がよほど安あがりだもんな。
そのようなことをアレクとお喋りしながら朝食を済ませた。そうなると次は風呂だ。うーん寝てしまいそうだ。こんな時はコーちゃんも大好きなお薬を服用するべきか? さすがに嫌だな。ちょっと前に魔法学校の校長ババアから元気になる薬を貰ったけど。使う気はない。
目が覚めたら昼過ぎていた……
「起きた? 疲れていたのね。無理しなくていいのに。」
「ごめんごめん。風呂で寝てたのかな? それをアレクがここまで運んでくれたんだよね。いつもありがとう。」
「何か食べる? それとも……」
分かってるくせに。もう服を着てないじゃないか。悪い子だ。
「せっかくの休みだし、外でも散歩しない? 寒い季節に身を寄せ合って歩くのも青春だよ。」
「久しぶりに聞いたわね、青春。カースって昔はいつも青春青春って言ってた気がするわ。」
「そう? まあいいや。日暮れまであまり時間がないけど少しぐらいデートしようよ。」
昼まで寝た後にそのまま愛欲を貪って退廃的に過ごすのもいいが、少しぐらい年相応の過ごし方もしたいよね。どこかのカフェに行ってもいいし。
貴族街を抜けて繁華街へ。いつものカファクライゼラでもいいけどたまには気分を変えよう。ここなんかどうかな。名も知らぬカフェ。
げっ、店内は冒険者だらけ。なんだこいつら。酒場で酒飲めよな。おしゃれなカフェに来てんじゃないよ、と思ったらカフェっぽいのは外観だけで中身はウエスタンな酒場だった。そんなのありかよ。
「出よっか。」
「そうね。私はコーヒーの気分だし。」
「ピュイピュイ!」
ぬっ、コーちゃんめ。せっかく酒場に来たんだから飲みたいって? もー、一杯だけだよ?
「ピュピュイー!」
「コーちゃんが一杯だけ飲みたいって。ちょっと待ってね。」
「もう、コーちゃんったら。仕方ないわね。」
私は飲まないぞ。やはりコーヒーの気分だからな。
「ようマスター。スペチアーレあるかい?」
コーちゃんも男爵の酒が好きだもんな。
「あるけど一杯金貨二枚だぜ? 払えんのか?」
「ほれ、一杯頼むわ。」
「毎度。ちょっと待っててくんな」
まったく、コーちゃんは贅沢なんだから。まあコーヒーと同じ値段だけど。
「いょぉーお。どこのお貴族様か知んねーけど昼から景気いいねぇ?」
「その歳でスペチアーレかよ? いいご身分ですことぉ?」
「こぉーんなハクい女連れちゃってよぉ? あーぶち殺してぇなぁ?」
おおー。なんと久々の酒場あるある。いや、初めての経験ではないか? 私はいつもの服装だが、アレクは私とデートってことでドレスアップしてるからなぁ。一発で貴族って分かるよな。胸元にはアレクサンドライトも光ってるし。
「お前ら他所もんだな? 俺とこの子の顔を知らんとは。どこのもんだ?」
「ギャーッハッハッ! こいつバカだぜ! お前らよそもんだなキリッ! だってよぉ!」
「かっこいーい! お兄さんびびっちゃうよぉ! いじめたりしないから怖がらないでよぉー!」
「おー! 俺らあ優しいからよぉいじめたりなんかしねーぜ? 女ぁ置いて早く帰んな? 明るいうちによぉ?」
「ピュイピュイ」
コーちゃんは酒に舌鼓を打っている。まあまあ美味しいそうだ。すっかり舌が肥えちゃったね。男爵のところでたくさん飲んだもんなー。
「アレク、やる?」
「うぅーん、カースのかっこいいところが見たいわ?」
弱い者いじめはカッコ悪いと思うぞ。
「ギャハハハァ! なぁにカッコつけてんだぁ! 俺らぁ誰だと思ってんだぁ!?」
「泣く子も黙る爆龍鬼焔党だぜぇこら! 調子コイてっとプチっと潰すぞ?」
「そんなカッコで強くなったつもりかぁ? おおこらぁ!?」
ばく何とか、どこかで聞いた覚えがある。
「ピュイピュイ」
飲んだね。美味しかった? それはよかった。じゃあ出ようか。
「外へ行くぜ。やるんだろ?」
「やるんだろじゃねぇんだよ! てめぇのセリフは許してくださいだろぉが!」
「てめぇみてぇなナリだけで強くなった気んなってるガキぁマジ殺したくなんぜ!」
「せっかく女ぁ置いてきゃ許してやったのによぉ! 十秒立ってられたら褒めてやんぜぇ!」
いつものことだが私が本物だと少しも思ってないらしい。よくいるファション魔王だと。これってドラゴン装備なんだけどなぁ。分かんないかなー。周りを見ると私に同情的な視線が半分、妬みの視線が四割。残り一割は興味なしってとこか。
私は先に出る。入り口の前で待つ。奴らの一人が出てきた瞬間に頭を木刀でぶん殴る。あっさりと倒れた。なんて弱い奴だ。
「てっ! てめっ! 卑怯なマネしてんじゃねぇぞ! それでも男かぁ!」
「殺す! ぜってぇ殺すからよぉ!」
そう言ってるくせにまだ剣を抜いてない。バカ丸出し。だからそのまま横薙ぎ。二人の鼻が潰れるように。
「がっ、てめっ!」
「いっぐぉ、ガキぃ!」
ようやく剣を抜こうとしてるが遅すぎる。返す木刀で一人の横っ面を引っぱたく。もう一人は腹に蹴りだ。隙だらけ過ぎる。倒れた三人にはオマケで頭を蹴り飛ばしておく。殺す気はないけど死んだらそれまでだ。油断する気もないからな。
「やっぱりカースね。鮮やかだったわ。魔法すら使わないなんて……素敵だったわよ。」
「あは、そう? 照れるよ。」
「だからコーヒーは私の奢りね。行きましょ?」
そう言って私の腕に手を回すアレク。素晴らしい感触が二の腕に伝わってくる。しかし……
「待てや!」
そいつは声をかけると同時に剣を振り下ろしてきた。
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