アレクが泣きそうな顔で私に言う……
「カース……私に……飽きたの……?」
「ち、違う! そんなはずがないよ!」
「じゃ、じゃあ……どうして……?」
「わ、分からない……分からないんだよ!」
「あんなにいつも……私のことを……」
「と、ともかく明日にでもモーガン様に相談してみるよ! たぶん治療院では無理だと思うし……」
何と言って相談すればいいんだこんなこと! アレクを目の前にしても! 触れ合っても! 反応しない!
「そう……じゃあ今夜はもう……寝るしかないわね……」
くっ、アレク……なんて悲しそうな顔をしているんだ……違う、違うんだ! 分かってくれ!
はっ……これか!
これがマリーの呪いか!
なんて恐ろしいことを……
確かに屈辱だ……
しかし、このことをアレクに言ってしまえば……マリーがアレクに嫌われる。しかし、言わなければ私がアレクに愛想を尽かされてしまうかも知れない……
違うな。
そんな目先のことを考えるからダメなんだ。全ての事情を正確に話して、その結果こうなったことを伝えよう。そこから先はアレクがどう判断するかの話だ……
「アレク……原因が分かったよ、たぶん。聞いてくれる?」
「カース……教えてくれる?」
それから私は全てを話した。男エルフを誘き出すために女エルフにした仕打ちを。もちろん後悔などしていない。同じ場面があれば同じ手を使うだろう。
そしてマリーの恨みを消すために甘んじて呪いを受け入れたことまで。アレクは黙って聞いていてくれた。
「……と言う訳なんだよ。」
「そうだったのね。話してくれてありがとう。」
「だからごめん。次にマリーに会う今月末まで呪いは解けない。解くわけにはいかないんだ……もしかしたらもっと先まで……」
沈黙は数十秒だったのか、それとも数分だったのか……アレクが発言するまでの間は長く感じてしまった。
「マリーさんて……意外と甘いのね。いくらクタナツ生活が長くても生まれが違うと違うものなのかしら?」
「どういうこと?」
「確かにカースも良くなかったとは思うわ。用が済んだらさっさと殺してあげるべきだったかも知れない。もしくはきちんと生かして苦しめるべきだったかも知れない。そこを曖昧に、適当に放置したのは貴族の義務に反するわ。」
「そ、そうだね……」
「マリーさんだって頭では分かってるわよね。カースが全然悪くないって。それなのに自分の心に折り合いをつけるためにカースに呪いをかけるなんて。まるで子供だわ。」
「言われてみれば今回の犯人、三人のエルフだけど、あいつらみんな思考が子供だったよね。エルフってそうなのかもね。」
マリーは二百歳をとうに超えてるって聞いたけど、それでも子供なのか? とてもそうは思えないな。
「それに今回の呪い。カースがその気になれば解けるわよね?」
「うん、解けると思う。」
「それよ。呪いなんて甘いことをして本当に恨みは晴れるのかしら? なぜカースのあれを切断しなかったのかしら? 結局その程度、恨みと呼ぶには甘い……その程度のものなのよ。」
「そ、そうかも知れない……」
怖いぞアレク……
「そしてマリーさんは私がこう考えることまで読みきっているの。その上でこう言ってるのよ。『坊ちゃんはあの二人の愛情を利用して捕らえました。あなた達お二人の愛情はどの程度ですか?』ってね。」
「な、なるほど……」
「納得したわ。話してくれてありがとう。そうと分かれば私は平気。例えカースが不能になっても私の愛情に変わりはないわ。」
「アレク……」
いかん、泣きそうだ。アレクの気持ちが嬉しい。
「カースったら。もうすぐ十五歳なのに泣き虫なんだから。こっちにいらっしゃいよ。」
アレクが両手を広げている。まさに慈愛の塊だ。
「アレクぅ〜!」
「この夏は子供らしく過ごすとしましょうか。たまにはそんなのもいいわよね。」
「うん! そうだよね。楽しく遊ぼうね!」
アレク、大好きだ。
「ついでに言うと甘いのはカースもだからね。」
「え!? どこが?」
「そもそもカースが罰を受ける筋合いなんかないんだから。ホントお人好しよね。今日のことだって。」
「今日?」
あの侍女を買い取ったことか?
「ベタンクール家の者を誰も殺してないんでしょ? 甘すぎよ?」
「そう? 殺すまでもないかと思って。」
「カースってやる時は殺るタイプだから問題ないとは思うけど。あの時殺さなかったことが後で祟る、なんてこともよくあるわ。お互い気を付けましょ。」
「そうだね。やっぱりアレクは頼りになるね。いつもありがとう。」
そうか……やはり私は甘いのか……
殺せる時に殺す……
それが正しい貴族の在り方、だよな。
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