先生が狩りから戻ってくる夕方まで私がしたことは石切だ。石畳用の岩をひたすら切っていた。
「なるほど! この石畳はそうやって作っていたんだね。すごい魔力だね!」
「ありがとうございます! だいぶコツも分かってきましたし。」
先生なら当たり前だろうけど、私が頑張って作った城壁や堀が何の障害にもなってないようだ。気軽に出入りをされている。少し悔しいな。
「では暗くなる前に晩飯にしようか。さっきのミスリル板を出してくれるかい?」
先生はテキパキと肉を切り、野菜を切りきれいに下拵えを済ませていく。どこで野菜なんか?
それをミスリル板の上で豪快に肉野菜炒めにする! 何かのソースまで垂らしてかなりいい匂いだ!
「さあできた! このまま直に食べるといい。」
「いただきます!」
「ガウガウ」
「ピュイピュイ」
旨い……
そして暖かい……
星を見ながら大勢で食べる食事の美味いこと。
「先生! 美味しいです! 最高です!」
「ピュイピュイピュイ!」
「ガウガガウ!」
「喜んでもらえて嬉しいよ。」
しかも先生は食後にペイチの実をくれた!
私の大好物だということをちゃんと覚えていてくれたのだ! 嬉しくて泣きそうだ! 美味い!
「さて、カース君。せっかく辺りが真っ暗になったんだ。心眼の稽古をつけてあげようか。」
なんてこった! こんな幸運でいいのか! ありがたすぎる!
「押忍! ありがとうございます!」
キンッ
ん? 先生が納刀した音?
気付けば私の両目は開かなくなっていた……痛くもないのに!?
くっ、自動防御も先生の前には意味がないのか……
「せ、先生!?」
「心配することはない、瞼を少し切っただけだ。後でポーションを飲めばすぐ治る。では、服を脱ぎなさい。上半身だけでいい。」
「お、押忍!」
シャツ、ウエストコート、籠手、サポーターを収納する。
「それでいい。心眼の極意は見えないものを斬ることだ。暗闇だろうが水中だろうが、木も岩も魔物も、そして人も。」
「押忍!」
「物事を認識するには人は目で見ることを含め五感で感じることができる。目以外の四感を目と同等に使えるようになって初めて心眼の入口が見えてくるのだ。さて、講釈はここまでだ。では今から小石を投げるから、避けるなり打ち落とすなりするんだ。いいね?」
「押忍!」
道場で似たような稽古はしていた。しかし上半身裸になったり目を潰されたりしたのは初めてだ。さすが先生、厳しさが違うな。
痛っ!
石自体はかなり小さいようだが、スピードが速い! しかも前後左右だけでなく、上下からも飛んでくる!
結局この日は数時間に渡って稽古をしたものの、まぐれで数発弾いたのみ。かなりの数の石を受けてしまったところで、ポーションを飲み、目と体の傷は回復した。
「どうだい? 小石って気配が小さいから難しいだろう。ちなみにアランは心眼が下手くそだから、カース君も気楽にやるといい。」
「押忍! ありがとうございます!」
やはり達人への道は険しいんだな。
この後目隠しをした先生に見本を見せてもらった。小石だけでなく氷弾や狙撃に至るまで、全て防がれた。いや斬り捨てられた。さすがにミスリルの弾丸は使ってないが、十発ぐらいまとめて撃った氷弾でさえ難なく斬り捨てられてしまった。
これが達人……昨日の大会は本当に子供の大会だったようだ。増長しかけていた自分が恥ずかしい。
翌日、アグニの日。
私は先生に誘われ一緒にノワールフォレストの森を歩いていた。以前一人で歩いた時はとても心細かったものだが……まあコーちゃんもいたけど。先生と一緒なら悠々と歩けてしまう。むしろ誇らしく感じてしまうほどだ。
「さて、ここでカース君にプレゼントがある。この剣だ、エビルヒュージトレントの木刀とは比べ物にならない安物だがね。」
「押忍! ありがとうございます!」
「これで斬って欲しいものがある。あの木だ。」
先生が指差したのは直径一メイル程度のまっすぐな木、高さは十五メイルぐらいだろうか。
「まずは見本を見せよう。」
そう言って先生は無造作に木に近づき何気なく剣を振るった。木は先生の肩の高さで水平に斬られた……なのに倒れてこない。
「さて、今私が斬った所より下を水平に斬るんだ。昨日の心眼と合わせてこの二つができるようになれば無尽流の上級者と言える。私はそこら辺をブラついているから頑張りたまえ。」
「押忍!」
よーし、燃えてきた! この剣でこれができればミスリルギロチンに近い威力の剣を振るえることになる!
全然切れない……
表面の皮部分にたくさん傷はつくが、その下まで刃が入っていかない。私が非力なことも一因かも知れないが、先生との腕の差がありありと分かってしまった……
「苦戦しているようだね。お昼にしようか。」
「先生……」
「ピュイ」
先生の作る料理は美味しかった。何というか活力が漲る、そんな味なのだ。
「さて、この稽古が心眼とどう関係があるのか話しておこう。心眼の極意は、見えないものを斬ること。これはアッカーマン先生も私も極めていない。私はまだ未熟なのだ。それはともかく、朝方私が木を斬ったね? あれは実のところ隙間を通したと言う方が正しい。ある魔法工学博士が言うには、物体とは小さな粒の集まりだそうだ。その隙間を通せば何でも切断できる道理だと。」
「お、押忍。」
マジかよ。原子や分子の存在に気づいた奴がいるのか。とんでもないな。
「つまり心眼の極意とは、その粒を見切ること。そしてその間を通すことなのだ。」
なんだそれ! できるかぁー!
できるんだろうなぁ、先生はやったもんな……
「もちろん肉眼で見えるはずもない。それ故の心眼なのだ。暗闇で斬ることなどただの副次的な効果にしか過ぎないってわけさ。」
なんてこった……
そんなに奥が深かったのか……
そんなのどうやったら感じ取れるんだ?
電子顕微鏡並みの視力がいるのか?
「もちろん一朝一夕にできるはずもない。今回それを伝えたのはカース君の成長のためだ。今後の修行の糧にして欲しい。」
「押忍! ありがとうございます!」
偶然会っただけなのに、ここまでのことを教えてくれるなんて。先生の優しさが身に染みる。マジで私は一体何光持っているんだ? 七十光ぐらいありそうだな。ありがたいことだ。
昼からも私は続けた。先生は再びどこかに行ってしまった。
薄暗くなるまで無心で剣を振るっていた。やはり変わりはない。心眼の稽古と合わせて今後も継続だな。これだけ木を斬りつけたのに、この剣は刃こぼれ一つしていない。本当に安物なのか? ありがたく頂いておこう。
そして夕食。
またまた先生が料理をしてくれた。
刻んだ肉と野菜をミスリルギロチンの上で豪快に焼く! 香ばしい匂いが食欲を唆る。
コーちゃんとカムイは先を争うように食べている。直に食べると熱いだろうに器用に食べているなぁ。やはり私も箸が止まらない。
それにしても、冒険者の等級と料理の腕は比例する。これを新たなあるあると認定しよう。きっと間違いない。
食後は昨夜と同じ。暗闇で小石を感じる稽古をつけてもらった。昨日より多少はマシだったかな。
「今後、一人稽古の際はこの剣を使いなさい。小石でも何でもいいから斬る感覚を身につけておくことが大事なんだ。エビルヒュージトレントの木刀だと斬る必要がないからね。」
「押忍!」
考えてみれば、真剣で魔物を斬ったことなんかないもんな。先生から見たらよく分かるんだろう。だから剣もプレゼントしてくれた上にアドバイスまで。また泣きそうになってきた。
「ところで先生、昼間にご自分のことを未熟って……あれはどの辺りがそうなんですか?」
話題を変えてみた。
「ははは、そんなことかい。簡単だよ、まだまだ斬れないものがたくさんあるからだよ。」
「たくさんですか!?」
「知ってるだろう? エルダーエボニーエントだってその一つさ。最近ようやく太めの枝程度なら斬れるようになったけどね。」
「ええっ!? じゃあ先生に頂いたこの籠手も斬れるってことですか!?」
「カース君が動かなければ、ね。だから私は未熟なのさ。」
はああ、すごいな。どこまで強くなるんだろう。絶対勇者より強いよな?
「先生、ドラゴンは斬ったことありますか? エルダーエボニーエントがドラゴンと同等の素材って聞いたもんで。」
「ないよ。出会ったことはあるんだがね。その昔、ドラゴンを求めてムリーマ山脈を探し回ったんだ。中心部よりやや西側の峻険な岩場だったかな、鮮やかな赤いドラゴンがいたんだ。」
おおおっ! すごい! やはりムリーマ山脈にはドラゴンがいるのか!
先生によると……
ドラゴンの身の丈は屈んだ状態で十メイルほど。その爪はそこら辺の岩をバターのように切り裂き、その牙と顎は木々をビスケットのように噛み砕いた。そして鱗は先生でも斬ることができなかった。
戦い続けること一昼夜、ドラゴンは空中からのブレス攻撃以外してこなくなり、防戦一方となった。周辺は火の海、地獄絵図だったと。
やがてブレスを吐けなくなったであろうドラゴンがどこかに行ってしまい引き分けに終わった。今から二十数年前の話だそうだ。
この話を聞くうちに意外な事実が判明した。
なんと先生は『飛斬』『飛突』などの遠距離攻撃が一切使えないらしい。初級魔法や下級魔法はある程度使えるらしいが、とても攻撃に使えるレベルではないとか。大物と戦う時は決まって『身体強化』と『硬化』を使うそうだ。ただ魔力は高いので魔力庫はかなり大きく便利な設定だと。
凄過ぎる……どれに驚いていいか分からん……
一撃くらったら終わってしまうドラゴンと丸一日以上戦い続けたってことはその間避け続けたってことだよな。防御も不可能だろうし。
あれ? ならばキュウビキマイラに勝った勇者ムラサキの方が先生より強いのか? そこら辺のドラゴンよりキュウビキマイラの方が強いはず……
いやいや二十年以上も前の話だし、今ならきっと先生が勝つに違いない。
先生は他にもたくさん話を聞かせてくれた。あまりにも寝るのが惜しい、そんな夜だった。
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