時刻は三時を過ぎた頃だろうか。野宿するか帰るかどうしたものか。武者修行なのだから野宿するべきかも知れない……
鉄製の簡易ハウスがあるので野宿も問題はなさそうだが……
もう少し頑張ってから決めよう。
そんなことを考えていると再びコーちゃんが「ギャワワッ」
周囲が危ないらしい!
先ほどと同じ灰色狼に囲まれている。十数匹もいやがる。しかもかかってこない。慎重に攻めてくる知恵はあるのか。来ないのなら……『麻痺』
そもそも魔法の武者修行に来たんだから魔法を使えばいいよな。いかんなキアラに追われて妙な思考になっていたのか。
麻痺をかけた狼は乾燥でトドメを刺しておこう。
やはり範囲警戒だけはかけておこうかな。コーちゃんに頼りっぱなしになるのもよくないしな。私は何がしたいんだ? これがスランプか……
魔法を使ったためか、それから魔物が断続的に襲ってきた。
オーク、ゴブリン、狼、熊。
大蛇に大蜘蛛、コボルト、大山猫。
落ち着いて対処していく内に何かが見えてきた気がする。魔法の本質とでも言うべき何かが。それこそが母上の言う『他の方法』に関係するのだろうか?
今夜は泊まることに決めた。今日も勢いで飛び出してしまったので行き先を告げていない。母上には申し訳ないが勘弁してもらおう。
夕食にはオークを焼くつもりだ。まだ明るいうちに解体しておこう。内臓が美味いらしいが私には捌くのが難しい。外側のモモやムネが精一杯だ。
『点火』
初級魔法で枯枝に火を点ける。石を使い簡単な竃を作り大きい肉を直火で焼く。表面は黒く焦げるが構いはしない。中までじっくり火が通ったように見えたら外側を削ぎ落としてから実食。美味い!
危険な森で肉の塊を粗野に直火焼き。
星も見えない深い森なので周囲は真っ暗闇だ。焚き火の明かりが吸い込まれそうな不思議な感覚をもたらす。
かなりの量を食べてしまった。焚き火には適当に太い木をくべておき、少し離れた場所に簡易ハウスを出す。たぶんまだ夕方七時ぐらいだろう、満腹なのに全然眠くない。こんな時、他の冒険者はどうしてるんだ?
錬魔循環はできるが魔力放出をするわけにもいかない。さすがにここで魔力を空にはできないもんな。本でも読みたいが焚き火程度の明かりでは難しい。なら……『光源』
簡易ハウス内に蛍光灯程度の明かりを灯す。夜空を真昼にしたり、はたまた蛍光灯にしたり自由な魔法だよな。自由か……キアラの強みはまさにそれ、自由さだ。ファンタジーあるあるでは転生主人公は現地人があっと驚く発想で様々な魔法を使っているのに、私ときたら……魔力量には驚かれているがそれだけだ。キアラのような柔軟な発想がない。いつも誰かに習ってばかりだ……
自由か……
そもそもキアラに負けたからって何か困るのか?
すでに一生楽に暮らせる金はある。アレクもいる。働かない人生はもう見えている。
私は勝ち組だったんだ……
わざわざこんな危険な密林まで来ないと気付かないなんて……
やりたいことをやろうと決めたのに何を焦っていたのやら。馬鹿らしい。
自由に生きよう。気の向くままあちこち旅に出よう。贅沢したりしなかったり美味しいものを食べよう。無駄を楽しめる、そんな人生を送るんだ。差し当たって……
よし! このノワールフォレストの森に別荘を建てよう。大きくて頑丈なやつを。
ヘルデザ砂漠を過ぎ、そのまま北上すれば東西にも南北にも広大なノワールフォレストの森が存在する。
そもそもヘルデザ砂漠でさえ屈強な男が歩いて二週間以上もかかるのに、この森はどれだけ広いことか。砂漠と森の間には平原が存在し冒険者達にわずかな休息を与えてくれる。二日も歩けばすぐにノワールフォレストの森に到着してしまう束の間の安息なのだが。
私が今回別荘を作ろうと考えたのはノワールフォレストの森、南端部からやや東。比較的平原が多く、まだ森に飲み込まれてない地点だ。本当は森のど真ん中に作ろうとも思ったのだが、あれだけの密林を焼き尽くすことを躊躇してしまったのだ。
もちろん前世で建築などやったことなどない。だから当然の如く魔力でごり押ししてくれる。
まずは外壁だ。クタナツ並みとはいかなくても広く頑丈に作っておかないと留守の間に家を壊されてしまう。まず『鉄塊』で杭を作り五メイル間隔ぐらいに打ち込む。長さ十五メイル、直径二十センチの鉄の杭だ。これを土中に七割ぐらい打ち込む。ミスリルギロチンが大活躍し、スイスイと仕事が進む。
コーちゃんはカンカン響く音が耐えられないようでどこかに行ってしまった。お昼には帰ってくるだろう。
昼までに北側の城壁予定地、およそ二キロルに渡って杭打ちが終わった。昼ご飯にする。昨夜と同じ、オークの直火焼きだ。今日は岩塩を振りながら食べよう。
それにしても我ながらめちゃくちゃだ。どれだけ魔力を無駄遣いしたことやら。夕暮れまでには帰らなければいけないが、西側に杭打ちぐらいできるだろう。
寄ってくる魔物を倒しながらの作業ではあったが、意外と捗った。城壁の芯に鉄を使うなど後先を考えない行為ではあるが、私が鉄塊で出した鉄はなぜか錆びないので構いはしない。
こうして西側にも二キロルに渡って杭打ちが終了した。上空から見てみると、意外ときれいな正方形になりそうだ。適当にやっても何とかなるものだな。さあ帰ろう、日が沈まないうちに。
「ただいまー。遅くなってごめんね。」
「おかえり。今回はどこに行ってたの?」
「ノワールフォレストの森。キアラに負けないように武者修行をしようと思ったの。森を魔法なしで歩いたりしてみたんだけど、途中で気が変わってね。帰ってきちゃった。」
「武者修行? また変なことを……気が変わったって言うのは?」
「大したことじゃないんだけど、昨日の夜、焚き火を見ながら考えてたら別に負けてもいいやって思ってさ。負けても全然困らないって気付いただけだよ。」
「そう。それも真理かも知れないわね。好きにやりなさい。」
ちなみにオークの内臓はマリーが捌いてくれた。オディ兄とたまたま顔を出してくれたのだ。母上は新鮮なレバーが好物だからな。私はハーツを食べたがさすがにクイーンオークほどの旨さではなかった。マリーは内臓は嫌いらしい。生きているまま抜き取るぐらいの鮮度でないと無理だとか。コーちゃんは脳みそとスジ肉が好みらしい。色んな好みがあるものだ。
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