通常の馬車を引くのは馬一頭。急いだとしても時速二十キロルも出ない。しかもそんな速度を出すとすぐに馬が参るはずだ。
サンドラパパが今回の逃避行を予定していたのなら馬も馬車も高性能な物を用意しているはず……そうなると話がずいぶん変わってくるよな。
魔法でブーストした馬を四頭、そして丈夫で揺れにくい馬車を用意すれば時速五十キロルは出るだろう。中の人間には地獄だが。
アレクの話によると、そのイメージで正しいらしい。朝、城門を屈強な馬四頭に引かれたムリス家の馬車が北門を出たらしい。そこからしばらくは北に向かったそうが、その後のことなど分かるはずがない。
そして昼まで目撃情報もなし、やはり魔法で色々とブーストしているのだろう。
開門から現在までおよそ六時間、休み無しで走っていればタティーシャ村に着いているかも知れない。実際には直線ではないので着いていることはあり得ないだろうが。
そこでサンドラパパが冷静になってくれていればよし、ヤコビニ派に連絡を取ろうとしさえしなければ問題なく終わるはずだ。
私達の到着はおよそ四十分後。たぶん時速は四百キロルぐらい出ていると思う。
道中はタティーシャ村までの陸路の真上を飛んできたので、今のところそれらしい馬車がいないことは分かっている。私とアレクは必死に眼下を睨む。まさに鳥瞰、鵜の目鷹の目状態だ。
見つからないな。途中に森がいくつかあったので見逃した可能性もあるにはあるが。
そうこうしている間にタティーシャ村に着いてしまった。馬車らしき物は見えない。いきなりだが村長宅に行ってみよう。
「こんにちはー! 村長いますかー!」
「んん? おうお主か! 今日はどうした。」
「人探しです。貴族の一家が来てませんか?」
「いや、来とらんと思うぞ。それがどうした?」
私は軽く事情を説明し、アレクを紹介した。アレクはいつものように嫋やかに挨拶をする。相手は村長とは言えただの村人、それなのに丁寧に挨拶をするアレクが大好きだ。
「こいつは魂消ましたわい。ワシですら知っとる名門貴族のご令嬢がこのような所に来られるとは。」
ここですべきことがなくなってしまったので、昼食となった。村長の奥さんが魚を振舞ってくれるそうだ。
アクアパッツァのような一尾丸々の料理を食べて大満足な私達。昼寝をしたいのだがそうもいかない。何かできることがあるはずだ。
「アレク、僕は海上を少し見回ってみようと思うんだ。アレクは西を見張っててもらえないかな。」
もしかしたら南からヤコビニ派の迎え、または刺客が来るかも知れない。またはムリス一家が遅れてここに来るかも知れない。
村人にも伝達を頼んだので、もしこの村に入り込んだら確実に見つけられるだろう。
「いいわよ。それしかなさそうね。」
コーちゃんはアレクと一緒だ。アレクを守ってねと伝えたら、ピュイピュイと返事があった。きっと、任せて! って意味に違いない。
それから海岸線に沿ってざっと百キロルは下ってみたが船は見えない。沖合をぐるっと回ってもタティーシャ村に帰るのに三十分もかからなかった。この分だとここにヤコビニ派は来ないのか……
アレクの元に戻り隣に座る。
「ただいま。近くに船は全然いなかったよ。」
「おかえり。こっちも動きなしね。」
「じゃあもう一時間待って何もなければ動いてみようか。北の方とかさ。」
「そうね。南側は騎士団がいるでしょうし。やはり北よね。」
それからしばらくは色々と考察を重ねながら待っていたが、変化はない。
「もしかしてだけど、馬車ごと空を飛ぶ方法ってないかな?」
「そうね……魔力切れを気にしないのだったら浮身と風操で……できなくもないわね。でも長距離は絶対無理……と思う。城壁とか崖を超えるために使うとしたら……だめね。西や南にはいくつも崖があるけど、そんな所を一つや二つぐらい飛び越えても意味がないわ。」
さすがに無駄な考察だったか。
さらに三十分経過。
「よし、では移動しようか。東に向かったわけではないってことで。」
「そうね。他に行きましょ。」
村長には出発の挨拶と伝言ついでに魚をあるだけ買い取っておいた。ホウアワビが欲しかったが、潜ってもらう時間がなかったのが悔やまれる。
北に向かった私達はグリードグラス草原の東端に来ている。中央より東は開拓されていないので馬車では容易に通過できない場所だ。
しかし中央から以西は開拓が進んでいるため目立つ。逃亡ルートには選びにくいはず。
よって中央からやや東を通過するのでは、と判断してみた。
そしてグリードグラス草原東岸とヘルデザ砂漠南東岸の間で海から来るヤコビニ派と合流を狙う、そんな可能性に賭けてみた。
そのため東端から何度か往復する覚悟でしらみつぶしに探すのだが……
ゆっくり飛んで一往復するのにおよそ一時間。まだ何も見つからない。所詮私達のような子供の推論などこの程度か。普通に西に向かって騎士団に捕まってたりするのだろうか。それならそれでいいのだが。
「いなかったね。もう一往復してみようか。」
「そうね。それで見つからないのなら普通に西にでも逃げてると考えていいわね。」
アレクは『逃げてる』か。そりゃそうだ。
ん? グリードグラス草原の中東部、南からの馬車が来ている……豪華な馬車だ!
「あれかな!?」
「きっとそうね。カースの読みが的中ね。」
あまり素直には喜べないが、皆殺しにされる前でよかった、よな。
私達は隠形をしたまま馬車に後ろから近付き、いきなり屋根に銀ボードで着陸する。
突然屋根に何かが落ちて来たらそりゃあびっくりするだろう。御者をしていたサンドラパパがこちらを振り向く。
「こんにちは。妙な所で会いましたね。」
「こんにちは。お久しぶりですわ。おじ様。」
馬車の上からでも挨拶は欠かさない。
おじさんからの返事はない。夢だとでも思っているのか? ならば仕方ない、止まってもらおう。
『風操』
強力な向い風で立ち止まってもらおう。
さて馬車は止まったし、おじさんは御者席から転げ落ちた。
私達はドアを挟むように位置し、ゆっくりと開ける。馬車が急停車したので中はちょっとした惨事になっていた。 サンドラママと弟二人、そしてサンドラちゃんと見知らぬ執事服の男。ムリス家に執事はいなかったはず、こいつが元凶か!?
ひとまずそいつを拘束しておく。そしてサンドラちゃんの介抱をしなければ。
介抱というほどのことはしてないが状況は落ち着き、サンドラちゃんも目を覚ました。
「災難だったね。何事だったの?」
「助かったわ。いつもありがとう。絶対来てくれるって信じてたわ。」
「遅くなったかな? タティーシャ村にも行ってたもんでね。」
そこにアレクも合流する。
「無事でよかったわ。怪我はない?」
「うん、アレックスちゃんもありがとう。本当によく見つけてくれたわ。」
「その辺の話は後でするとして、あの男は何者?」
「借金の取立屋よ。父上が金貨五万枚の借金をしたんですって。」
それは聞き捨てならないな。やはり私以外にも金貸しはいるんだな。
しかし事情を聞くのも面倒だな。
「じゃあ僕が一足先にこいつをクタナツに連れて行くよ。騎士団に引き渡してから戻って来るね。」
目隠しをしてロープでグルグル巻きにして準備完了。飛んでる最中に暴れられたらすぐ落としてやろう。
「みんなは適当に休憩してて。コーちゃん、みんなを頼むね。」
ピュイピュイ言って返事をしてくれる。本当にかわいいなぁ。
こうして私は妙な男をクタナツへと連行するのだった。
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