賭場に行った翌日、アグニの日。
今日はマイコレイジ商会で建物を収納して、浄化槽担当と楽園に行く日だ。
その前に庭に岩を出しておかないとな。これを並べるのはまた今度、今日のところは置きっ放しだ。
郊外の作業場に行き、建物を収納。それから商会本部に行きスライム担当セプティクさんと合流した。
「こちらがスライムの収容箱です。かなり重いですが大丈夫でしょうか?」
それは鉄の塊といった感じの箱だった。とても私の腕力では持ち上がるまい。
「問題ないですよ。」『浮身』
浮身で浮かせて馬車に載せる。ミスリルボードに載せるのは城門を出てからだ。私達は普段より少しだけ丈夫そうな馬車に乗り領都から離れていく。城門から少し遠ざかった辺りでミスリルボードに載せ替えて、楽園に出発だ。
「ギャアアアアーー!」
さっきからセプティクさんがうるさい。『消音』
部屋の中だけでなく個人にかけることもできる便利な魔法だ。
出発から三十分、ようやく落ち着いたようなので消音を解除した。
「大丈夫ですか? 落ちはしませんから安心してくださいね。」
「はぁはぁ自分の目が信じられません……さっき海が見えましたよね……」
「ええ、ここらはグリードグラス草原ですよ。ここまででだいたい半分ですね。」
「この速さであれだけの建物を運べることが知られたら……商人達が放っておきませんよ……うちの会長だって……」
「そうですかね。まあ頼まれたらやるかも知れませんが面倒なことは嫌いなんですよね。」
「あはは……」
道中は意外と盛り上がった。街の排水についても教えてもらったり。やはりと言うか意外と言うか魔法で解決していたのだ。街を作る前の地面に魔法的な処理を施し雨などによって地面に染み込んだ水を別の貯水池的な場所まで転送するシステムのようだ。年に一度ほど魔力を補充する必要はあるらしいが単純な魔法なので都市計画以外に農業にも活用されているらしい。
そんな話をしているうちに楽園に到着した。
到着してから思い出した、まだ基礎を組んでなかったことに……
まあいいや。後で載せよう。二、三百トンありそうな岩でも浮かせられたんだし、できるだろう。
「ピュイピュイ!」
「ガウガウ!」
ただいま! 遅くなってごめんな。さあお土産だぞー。魔力を込めてやるぞー。たくさん食べな。
夢中で食べる二人から離れた所に建物を出す。
「す、すごい所ですね……」
「こつこつ頑張りました。ちなみにあの子達はフォーチュンスネイクのコーネリアスとフェンリル狼のカムイです。実はここって私の母、魔女の別荘なんです。」
ということにしておこう。
「は、はあっ魔女様……フォーチュン……フェンリル……」
「じゃあよろしくお願いしますね。終わったらお昼にしましょうね。」
「は、はいっ! あっ、と、これを運んでいただいていいですか?」
おっと忘れてた。重いもんな。
案内されたのは家の最奥部、奥まった部屋だった。そこには一立法メイルある箱がすっぽり収まる窪みがあり、そこまで運んで終わりとなった。
「ありがとうございます。普段は台車などで地道にやるのですが、助かりました。これから一時間程度かかりますので、終わりましたらお呼びいたします。仕上げをお願いいたしますので。」
「分かりました。では、よろしくお願いいたします。」
さーて、その間に少しでも基礎上げをしておくかな。もし大雨が降ったら大変だもんな。
先週、形を統一したブロック岩を作っておいたお陰で積み上げ作業がおそろしく捗ってしまう。この分だと昼過ぎには終わるな。やっててよかった四枚水鋸。
ならば隙間のセメント作業もやってしまおう。領都には夕方の閉門までに帰り着けば問題ないだろう。このような作業もすっかり慣れてしまったな。最上面の平行を出す作業が一番の難関だろう。地道にやるしかないな。
そんなことを考えてるいるとセプティクさんが顔を見せた。さて、私は何をすれば良いのかな?
「お待たせいたしました。ご説明いたします。」
場所は先ほどの狭い部屋。例の窪みには収納箱がすっぽりと収まっており、こちら側には頑丈そうな小窓のような扉が見える。
「あの扉の奥に汚水処理スライムがおります。あの扉を開けることがあるとすれば何らかの原因でスライムが全滅してしまった時だけです。その時はトイレから異臭がするのですぐ分かるかと。あそこはこの家で最も強固な場所となっております。こちらが扉の鍵、こちらが部屋の鍵です。代わりはありません。必ずご自分で管理されてください。」
「分かりました。つまりスライムは危険なんですね?」
「そうです。私のような担当がいない時、決して開けないでください。では最後の仕上げをいたします。あの扉に手を触れて魔力を流してください。軽く、ゆっくりとお願いいたします。」
「分かりました。」
息をするほどの微かな魔力を流してみる。きっと流し過ぎはよくないのだろう。
「はい! そこまでです。実は今の行為にはあまり意味がありません。その昔、老朽化した浄化槽からスライムが抜け出す事故がございました。もちろん一家は全滅、したかに見えましたが、その家の主人だけは襲われることなく無傷で生き残っておりました。その後の研究の結果、この種のスライムには主人を見分ける能力が僅かながらあることが分かりました。よって気休めですが、このように魔力を込めていただく慣習になっております。」
軽く言ってくれるぜ……スライムが冒険者にも恐れられているのは知っていたが。子供が落ちたらどうするんだ? まあトイレの穴を見る限り人間が通れるサイズではないが。
「ちなみにスライムは浄化槽内にあるものを消化しましたら水として体外に排出します。その水は街の排水魔法と連動いたしますので、お早目に街に排水魔法の処理をされてください。」
聞いてないよ! 早く言ってよ!
しかし聞いてないは通じないのがこの世界の常識だから文句も言えない。すぐ頼もう!
「分かりました。ご丁寧にありがとうございます。では簡単ではありますが、昼食にいたしましょう。」
「ご馳走になります。いやはやこのような魔境でお昼とは……末代までの語り草となるでしょう。」
もはや定番、ミスリルギロチンによる野外バーベキューだ。今日は海の幸、魚醤も用意してあるぞー!
「さあさあ焼けたらどんどん食べてくださいね! 早い者勝ちですよ!」
うちの子達にはホウアワビとサカエニナを私が食べやすくしてあげようと思ったら二人とも器用に食べるではないか!
むしろセプティクさんの方が不器用だ。普段食べないもんなぁ。がんばれ!
「あ、熱っ、お、おいし、いです!」
それはよかった。この魚醤と貝は相性がいいな。さあ次はランスマグロだ! ステーキにして食べよう。塩味と魚醤味の二通りの味を食らえ!
旨い! 以前食べたツナマグロより身が固い気もするがそれでいて脂がのっている!
「うまっ、う、うまーいです!」
「ピュイピュイイ!」
「ガウガウガウ!」
ふふふ、みんな喜んでるな。さあトドメだ!
私もまだ食べてないオーガベアの肉、どこかの部位!
「うっ、まずくはないが……」
「私は平気です」
「ピュイピュイ!」
「ガウガーウ!」
微妙に臭い。前世で食べたまずいレバーのように軽い吐き気を催す味だ。
セプティクさんは平気そうだ。旨いとも言わないけど。カムイは旨いと言い、コーちゃんは不味いと言う。さすがコーちゃん、味にうるさい精霊だよ。残りはセプティクさんとカムイに任せた!
さて、私は続きをしよう。あまり待たせてはいけないからな。もう七割方終わってるのでラストスパートだ。ブロック岩を規則正しく積み上げ、隙間にコンクリを流し込みまた積む。
二時間もかからないうちにとうとう高度十五メイルまで到達した。時刻は一時過ぎといったところか。さあ平行を出すぞ!
どうしよう……バケツと透明なホースを使う方法もあるが、透明なホースがない!
こんな時は大人の知恵! セプティクさーん!
教えてもらった。
長細い水槽、枡に水を入れて置くだけ。なるほど! これなら私の鉄塊でいくらでも作れる。まずは巨大水鋸で基礎の表面をぶった切る。よし、ツルツルになった!
そこに水枡を置くと……
おお! 東側が高い!
調整中……
さあどうだ!
南側が高い!
調整中……
最後に水を垂らしてみると……
だいたいオッケー!
さあいよいよ建物を置く時が来た。置く場所にはあらかじめ薄くセメントを塗っておいて……
『浮身』
くっ、少し重い! 一旦ストップ!
首輪を外そう! ここが正念場だからな。
『浮身』
ふふふふ、軽い……何て軽いんだ! これならミリ単位で調整だってできる!
置く場所は建物の南東の角が基礎の中心に来る位置。重心がズレるかと心配ではあるが、基礎の面積からすると建物の面積など一割にも満たない。関係ないだろう。
やった!
ついにやった!
私はこの魔境に家を建てたのだ!
「おめでとうございます!」
「ピュイピュイ!」
「ガウガウ!」
うう、みんな……ありがとう。
次はコーちゃんの塒とカムイの小屋かな。
さあ、領都へ行こう。
今度はコーちゃんも来る? 来ないのね……
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