ツウォーさんが用意を整えてやってきた。手にはアワビを獲るための鉤爪のようなものと網を持っている。
「では乗ってください。猟場まで行きましょう。」
ツウォーさんは恐る恐る乗ってきた。
程なくして猟場に到着。ツウォーさんに命綱を巻き私が持つ。
海にはどんな魔物が出るのだろうか。
「もし二分経っても浮かんで来なかったら引っ張ってくれ。または俺が二回引っ張ったら上げてくれ。」
そう言ってツウォーさんは潜っていった。
待つこと一分。まだ上がってこない。
大丈夫なのだろうか……心配になってきた。
合図だ!
慌てて引き上げる!
よかった。無事だ。
もう獲ってる。ウニが三個、サザエが四個。流石だ。網にも長いロープをつけて鉄ボードに繋いでおく。
そこからが凄かった。
一回潜る度に三から十個の獲物をゲットしている。
わずか一時間で網はパンパン、それが三つもある。
「ここまでだ。魔物が来ないうちに帰るぞ。」
私はツウォーさんと網を鉄ボードに乗せ漁村に戻った。
「お見事でした。こんなにも獲っていただけるとは。さて、おいくらですか?」
「一袋銀貨二枚でいい。網はやれんからこっちの箱に移しな。」
安い!
「では合わせて金貨二枚ってことで。初対面の僕のために危険を冒してもらったのですから、ほんの気持ちです。まあ料理方法も教えてもらいますし。」
「気っ風がいい子供もいたもんだ。銀貨二枚でいいと言ったのはお前の助けがあったからだ。安心して潜ることができたからな。」
こうして私は簡単ではあるが魚の捌き方と料理方法を教わった。ウニやサザエについては教わってない。ここではそのまま食べるか壷焼きにするかぐらいらしい。
そしてかなり幸運なことに魚醤を分けてもらうことに成功したのだ!
ナンプラーに近い味だったので、刺身につけて食べるのは私にはハードルが高いが、これからの食事が楽しみになってきた。
いつか醤油や味噌にも出会えるかも知れない希望が見えてきた!
予定通り一晩お世話になった。
奥さんと三人の子供がおり、賑やかな家庭だった。
翌日、朝食までご馳走になってからクタナツに向かった。
なお漁村の名前は『タティーシャ村』
村長の名前は『イレアス』、クタナツで冒険者経験もあるらしい。
「ただいまー。」
帰りはゆっくりとあちこちにフラフラ飛んでみたが、昼までにはクタナツに到着した。海が意外と近いと分かったのはかなりの収穫だ。
いつか私も潜って何か獲りたいものだ。
「お帰りなさいませ。ご無事でなによりです。」
マリーがいつもの表情で迎えてくれた。きっと内心は笑顔だと思いたい。
「マリーは魚とか貝を料理できる?」
「大昔にやった記憶はありますが、自信はありません。」
「そっか。たくさんあるから失敗してもいいやって気持ちでやってみてもらえる? まずは魚だけ。」
「承知いたしました。昼食はすでに仕込みが終わっておりますので、夕食にお出しできるよう取り組んでみます。」
「いつもありがとね。」
昼食は私と母上、そしてキアラの三人だけだった。みんなに土産話を聞かせたかったのに。
母上は魚を久しく食べてないらしく夕食を楽しみにしてくれているようだ。
さて、昼からはアレクの所に行こう。お土産を渡したいのだ。
マリーには魚料理を頼んでしまったので馬車をお願いできない。歩いていこう。
もうすぐ到着。
門番さんは私の顔が見えた瞬間から正門を開け始めた。なんだかくすぐったい。
そして私が挨拶をする前に「どうぞお入り下さい。」と言われてしまった。うーん待遇がすごい。
玄関に向かって歩いていると、庭で何かをしている弟君がいた。
「やあ、何やってんの?」
「姉上をお前から守るために秘密の特訓してるんだ!」
秘密なんじゃないのか?
「えらい! すごい! 特訓してるんだね! その調子で頑張ってね! 密かに応援しておくよ。」
「ふんだっ!」
秘密ではあるものの、やはり褒められると嬉しいようだ。
そして玄関を開けるとアレクと丁度鉢合わせた。
「よく来たわね! お腹は空かせてあるんでしょうね!?」
「いきなり来て悪いね。お腹は空いてないよ。お土産と土産話をしに来たんだよ。」
そう言って私はお土産を取り出す。
アワビの貝殻だ。外側は軽く磨いてあるが内側はそのままだ。
「えっ!? 何これ凄い! 貝なの?」
「そうなんだ。昨日東の海まで行ってきてさ。これを拾って磨いてみたんだよ。綺麗だからアレクにぴったりだと思ってさ。」
「カース……//」
いつもながらすぐ真っ赤になる顔だなあ。可愛いぞ。
「それからここの料理人は凄腕って言ってたじゃない? 少し話をさせてもらえないかな?」
「いいわよ。どうせロクでもない話なんでしょ?」
酷い言われようだ。そんなアレクは私を厨房まで案内してくれた。
「マトレシアいる?」
「ここにおりますよ。どうされましたお嬢様?」
「私の……、の……カースが話したいんだって。聞いてあげて。」
私の何だい? ちゃんと言ってくれよハニー。
そんな所もかわいいが。
噂の凄腕料理人はマトレシアさんと言うのか。三十五歳ぐらいと見た。うちのマリーより年上かな。茶色い髪の優しそうな女性だ。
若くきれいな給食のおばさんって雰囲気かな。
「どうもどうも、お仕事中失礼します。カース・ド・マーティンと申します。いきなりですが、マトレシアさん。魚料理、貝料理って作れますか?」
「はい。作れますよ。王都の料理人なら当然です。」
「おおっ、よかったー! じゃあこれお裾分けです。皆さんで食べられてください。」
「イワシャにタイクーン、それにアジールですか。それから……ウンタン、サカエニナ、ホウアワビ……
これだけの物をどこで?」
ウニはウンタン、サザエはサカエニナ、アワビはホウアワビと言うのか。
村で名前を聞くのを忘れていたな。
「東の方の、えーとタティーシャ村ですね。潜って獲ってもらいました。ちなみにウンタン、サカエニナ、ホウアワビの料理方法を見学させてもらえると嬉しいです。」
「うーん、ホウアワビはいいですが、他は知りません。漁師達は食べているようですが漁師以外は誰も食べないものでして。」
何と!
ってことはウニやサザエは今後も安く手に入るってことか?
「ではホウアワビの捌き方から見せてもらってもいいですか?」
マトレシアさんの手際は見事だった。だが見事過ぎて手順がさっぱり分からなかった。
覚えたいからゆっくりでと、頼むべきだったな。
「ちなみに生で食べたりしますか?」
「生ですか!? 漁師なら分かりませんが王都ではそんなことしませんよ?」
なるほど。醤油もワサビもないから仕方ないか。魚醤にラディッシュならどうだろう? やってみよう。
「ここならラディッシュありますよね? 少しいただけませんか? あとおろし金をお借りできますか?」
「ラディッシュはありますけど『おろし金』って何ですか?」
何ぃ!? そもそも存在しないのか!?
困ったな。仕方ない自分で作ろう。いつも通り鉄で……
目は粗いができた。私の金操もかなり上達したものだ。
「こんなやつです。これでラディッシュをすりおろして魚醤に混ぜたり混ぜなかったりして食べるんですよ。ホウアワビを薄く切っていただけますか?」
そして魚醤を魔力庫から出す。
「カース何それ? なんだか変な匂いがするわよ。腐ってるんじゃない?」
「お嬢様、これは魚醤と言いまして魚から作られたソースのようなものです。」
ではまずはラディッシュも何もなしで……
あんまり旨くないな……
ではラディッシュを魚醤に溶かして……
おお、意外と美味い。
次にラディッシュを溶かさずアワビに乗せて魚醤をつける……
うーん、良し悪しかな……
現時点ではラディッシュは魚醤に溶かした方が美味しいな。
「カース…… 生で食べたの? 大丈夫なの?」
「興味深い食べ方ですね。私も料理人として試してみましょう。」
アトレシアさんも私同様に三通りの食べ方をした。
「私はラディッシュを溶かさず、乗せて食べる方が好きですね。おろし金もですが、生で食べるなんて想像もしていませんでした。新しい発見があるものですね。」
「生で食べると危ないこともあるらしいので気をつけてくださいね。」
具体的にどう危ないのかは知らない。アワビに寄生虫なんていたっけ?
「お嬢様は食べてはいけませんよ。明日になっても私が元気だったら食べてもいいですからね。」
「いや……多分生で食べないから大丈夫よ。でもホウアワビは食べてみたいからちゃんと料理してね。」
「ところで魚醤に関してですが、豆からこのようなソースをどこかで作ってるって話はありませんか?それがあればホウアワビを最高に美味しく食べられるらしいんです。」
「豆から? 聞いたことないですね。」
残念。醤油はないのか。
この人ほどの料理人が知らないのならローランド王国内にはないのだろう。
外国に期待するしかないか……
「ではさっそく今から料理してみますので、ぜひ食べて行かれてください。意見も欲しいですし。」
「ありがとうございます。あと隅をお借りしていいですか? ウンタンとサカエニナの料理に挑戦してみようと思いますので。アレクもやってみる?」
「いや、カースがすることを見てるわ。」
アトレシアさんのホウアワビ料理は絶品だった。私が殻を剥いたウンタンは美味しくなかった。剥き方が悪かったのか……? むしろ苦くてまずかった。
一方サカエニナは壷焼きにしたので美味しく食べることができた。
なお、アレクは興味深そうに見てくれていた。
それから、お土産にいくつか置いて夕食前には帰った。
アレクは夕食を食べていけ、泊まっていけと引き留めがすごかったが、マリーに魚料理を頼んでいるので帰らないわけにはいかないのだ。
明日はスティード君やセルジュ君、サンドラちゃんにもお土産を渡そう。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!