何日ぶりかの実家だ。ベレンガリアさんはもう居場所を確保しているかのようだ。
「ただいまー。」
「あー、カース君おかえりなさい! 最近何してるの? 悪所通い?」
「いや、ノワールフォレスト辺りで遊んでるだけだよ。」
何でこの歳で娼館通いなんてするんだよ……
「カースおかえり。元気そうね。」
「母上ただいま。今日って何月何日の何曜日?」
「あらあら、日付が分からなくなっちゃったの? 六月二日、ケルニャの日よ。」
危なかった! 今夜までに領都に行けば大丈夫だ。
「ねー母上ー。日付や時間が分かる魔道具ってない?」
「うーん、あるにはあるけど……」
「あるけど?」
「高いし重いわよ? 白金貨三枚で五百キロムぐらいかしら。」
なんじゃそりゃ?
「それはきついね。いらないかな。あっ! 母上だったら広い範囲を本人がいない時に警護するのにどうする?」
「あぁ例の領地ね。普通は番犬とか番ゴーレムを使うわよね。それ以外だと……召喚魔法を覚えてみる?」
おお! そういえばそんな魔法もあったよな。面白そうだ!
「覚えたい! クロちゃんとかを呼べるんだよね?」
「そうよ。半分は運だけど、カースの魔力ならきっと強力な魔物を呼べると思うわ。」
「それはいいね! エサとかどうすればいいの? 番をしてくれてる間さ。」
「召喚してる間中ずっとカースの魔力が減るわよ。それが餌なの。たまに実力に見合わない魔物を呼んでしまって魔力枯渇で死んだり食い殺される不運な者もいるわ。でもカースには関係ないわね。」
はぁー? 怖い魔法じゃないか! でもクロちゃんはモフモフしててかわいかったよな。
「ピュピュピュイー?」
おっ、友達ができるのだって? そうだよ! コーちゃんの友達だよ!
「じゃあ母上、どうしたらいい? やっぱり詠唱から?」
「そうね。詠唱はこれを見たらいいわ。でも問題は場所なの。私の場合はノワールフォレストの森で召喚したからノワール狼を呼ぶことができたわ。それから一度呼んだ魔物が死ぬまで次を呼ぶことはできないから注意しなさいね。」
「なるほど。じゃあ警護して欲しい場所で呼んだ方が最適な魔物が来てくれそうかな?」
「そうね。そうした方がいいわよ。どんな子が来てくれるのか楽しみね。」
詠唱が長いな。まあ覚える必要はないし、見ながら唱えたらいいだろう。借りていくとしよう。
「で、カース君? あんな所で何やって遊んでるの? 教えてよね。」
おや、ベレンガリアさんたら気になるのか?
「いや、大したことじゃないよ。土地を城壁で囲んで豪邸を建てようとしてるだけなんだよ。城壁を越えて入ってもいいんだけど、ゴミを捨てられてムカついたから対策を考えてたんだよね。そんなことよりベレンガリアさんはうちのメイドになっちゃったの?」
「そうよ! リトルウィングも解散しちゃったしね。私はアラン様に仕えるメイドよ!」
なるほど。マーティン家ではなく父上にね。いいのか? もう訳が分からん。
「母上ありがと! 今夜までに領都に行かないといけないから、その前にノワールフォレストの森に寄って召喚魔法を使ってみるね!」
カースが出て行った後、マーティン家では。
「奥様……カース君の言ってたことは理解できました?」
「できたわよ。夕方までに領都に行く必要があるけど、その後にノワールフォレストに寄ったのでは遅い。だからその前に立ち寄って召喚魔法を使っておくってことね。」
通常の冒険者がクタナツからノワールフォレストの森に行くには強行軍でも十六〜八日かかる。領都までも七日はかかる。それを学校帰りに茶店に寄り道するかのように話すカース。ベレンガリアも頭では分かっているが心が追いつかなかったのだ。
再び楽園に舞い戻った私は早速召喚魔法を試してみることにした。。詠唱が長いのでまずは練習をしておこう。それからだ……
「ホントに詠唱が長いな。まあいけるか。よし!」
『ゴクジューア クニンユー イショーブツ ガーヤクザー イヒーセッチ ボンノーウ ショーゲーン スイフケーン 天と地の遍く存在よ 我は求め訴えるなり カース・ド・マーティンの名において願い奉る 出でよ召喚されし魔の物よ』
ぐおっ! 魔力がグングン減っていく! 首輪を外しておけばよかったか!? ヤバい! もう魔力が無くなる! いくら何でも減りすぎだ!
目の前にはモクモクと白煙が上がっている。意識が朦朧と……話が違う……
コーちゃんが私の首に巻きついて何か助けようとしてくれている……
そして目の前には、白い狼がお座りをしていた。
「ガウガウ!」
うるせーよ!
「ガウガウガウ!」
うるせーって! 眠いんだよ!
「ガウガウガウガウ!」
くそ、頭が痛い、何だよこいつ……魔力が枯渇している……一体何年ぶりだ? 私の魔力が空になるなんて……
「白い狼か……くそ、綺麗な毛並みしやがって! あー頭が痛い!」
「ガウガウ」
「ピュイピュイ」
おおっ! 狼の体にコーちゃんが絡みついている! すごく仲が良い雰囲気だ! ジャレてるのか? 楽しそうだなー。
しまった! どうやって帰したらいいんだ? もう魔力がないんだぞ! 「ピュイピュイ」
え? 魔力はもういらない?
「ピュイピュイピュイ!」
ん? 召喚じゃなくて具現化した? 何それ?
「ガウガウ!」
僕らは友達? だからもう魔力はいらない?
何それ? なら全魔力を持っていくんじゃねーよ! ばか! 苦しいんだよ!
時間がヤバい! アレクの放課後に間に合わない……
でも魔力が空っぽだ……だから魔力ポーションも取り出せない……何回このミスをやるんだ私は!
少しでも回復すれば取り出せるのに、先ほどから全然回復しない……
汚銀のブレスレットも何の足しにもならない……
くそ……頭が……
だめか……
ケルニャの日。この日の放課後はカースが領都に来る予定だ。アレクサンドリーネは一日千秋の思いでこの時を待っていた。しかしおかしい、カースから発信の魔法が届いてこないのだ。
ついに放課後になっても彼女が発信の魔法を受け取ることはなかった……
二週間前は、カースが機転を利かせて自分を助けてくれた。ならば自分はどうやってカースを助ければよいのか……
不可能だ。
ただの遅刻ならそれでいい。しかしカースに限ってそれは有り得ない。アレクサンドリーネ以外にカースが優先することなどないとお互いが知っている。
アレクサンドリーネは日暮れまで北の城門でカースを待っていた。そしてとうとうカースは来なかった。仕方なくカースの自宅に移動しマーリンに事情を説明した。そして普段通り過ごしていた。
入浴し、マーリンと差し向かいで夕食をとる。カースの惚気を話したりしてみる。
その後、広いベッドに一人で寝た。アレクサンドリーネに出来ることは待つことだけだったのだ。罪深い男である。
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