時はカースがアジャーニ邸から出た後まで遡る。
カリッォーニはかなり動揺していた。
「アンスバッハ! どういうことだ! 殺し屋が捕まったら全てバレてしまうではないか!」
「坊っちゃま、ご心配には及びません。あの者が申した通り殺し屋は最低レベルです。つまり使い捨て、自白しようにも何も知り得ません」
「それとて分かるものか! 忠誠心の欠片も無い殺し屋風情だぞ! もっと腕の立つ者はいなかったのか! あ奴はピンピンしてたではないか!」
「ではランクの高い殺し屋を用意いたしましょう。安くても金貨十枚は必要ですがよろしいでしょうか?」
「構わん! 早くやれ!」
「お言葉ですが、明日以降にされた方がよいでしょう。今夜は動かずゆるりとされるべきかと。私は旦那様に報告に上がりますので、失礼いたします」
執事にそう諭されたものの落ち着いていられない。時を追うごとにに不安は増していった。
そして、執事の提言を無視して父の部下を走らせてしまった。それでも不安を拭い切れずに自分も代官府へと出向いた。
代官は小さな頃に遊んでもらった大好きな親戚のお兄さんだ。きっと自分の言うことを聞いてくれるに違いない。頭の中はその事でいっぱいだった。
一方そのような命令を受けた部下二人はすぐに出る訳にもいかず、せめてもの目眩しをするべくカリツォーニの出発を待ち裏門から出て行った。
やはり道中は尾行を警戒していたが、空から見られているなどと想像すらできないだろう。
そしてカリッォーニが訪れ、そして帰った後。代官府では副官に指示を出した代官が部下と話していた。
「可愛がっていた親戚の子供がここまで愚かとは……悲しくなるな。だが丁度いい。子供が殺し屋を雇えるはずがない。一家丸ごと捕らえよ。罪状はクタナツ貴族の殺人だ。」
「御意」
こうしてカリツォーニが家に帰るのと同じタイミングで騎士団が屋敷に踏み込んだ。少しでも抵抗するものは容赦なく切り捨てられた。
無傷で捕まったのはメイドと料理人合わせて十人にも満たなかった。腕に覚えのあるメイドもいたため反撃をしたらしく、やはり切り捨てられた。
立ち向かった護衛は数合の斬り合いの後、死亡。逃亡しようとした護衛は背中を斬られるか囲いを突破できずに捕まった。軽傷では済まなかった。
当主、キッシンジャー・ド・アジャーニは執事に守られながら逃亡を図ったが、執事が騎士に斬られたところで観念し捕まった。執事を斬った騎士もそれなりの傷を負った。
カリツォーニと弟、そして母は抵抗することなく捕まった。
ちなみに貴族への刃傷沙汰の場合、全て殺人として扱われるのが通例だ。殺人教唆も殺人未遂もない。親の罪が子供に、子供の罪が親に適用される連座は基本的にはない。しかしわずかでも関与が認められた場合には即座に連座となる。
今回は積極的な関与が認められた訳ではない。ただ代官はキッシンジャーを潰す切っ掛けが欲しかっただけなのだ。
おそらくキッシンジャーはただの鉄砲玉、本人は何も知らされずクタナツでしばらく遊んで来いとでも言われたのだろう。ヤコビ二派の重鎮によって。子供を見ても分かる通り典型的な盆暗貴族であるため厄介払いと揉め事の種、二つの目的で送り込まれたと見える。
代官としても火種は望むところ。蟻の一件もあるため敵対勢力に少しも容赦するつもりはない。ろくな証拠はないがキッシンジャーを捕らえた以上好きに証拠を作ることもできる。この男は火種である以上あちら側もそのぐらいは想定しているだろう。
代官に、クタナツにとってはここからが本当の戦いだ。
次の日、学校にアジャーニ君と護衛君達の姿が見えない。イボンヌちゃんとバルテレモンちゃんは来ている。
まさかもう足がついたのか? いくら何でも早過ぎる気がする。いや、クタナツ騎士団の優秀さなら当然なのか?
「おはよう。すごいことになったようね。」
「おはよ。アレクはもう全部知ってる? 僕はよく分かってないんだよね。」
「長くなるから昼休みに少し、放課後にじっくり話してあげるわ。」
そして昼休み。
「アジャーニ君は自滅したらしいの。わざわざ代官府に行って自分が怪しいと思われる行動をしたらしいわ。」
「あらら、効果覿面だったのね。そんなに効くとは思わなかったよ。」
「カースの仕業? 一体どんな手を使ったのよ。」
「大したことじゃないよ。アジャーニ邸に行って殺し屋が捕まったことを伝えただけ。そしたら証人を消したり新しい殺し屋の手配に慌てて動くんじゃないかと思ってね。」
「あきれた。のこのこ出向くカースもだけど、それで焦って自滅って。」
「いや、カース君はすごいよ。自分に殺し屋を向けた相手の家に行くなんて。僕には怖くてできないよ。」
スティード君はこんな時いつも褒めてくれるんだよな。もちろん怖かったから自動防御をガチガチに張ってたけど。
ちなみにセルジュ君は……
「ラブレターで誘き寄せて殺そうとするなんて意外と斬新かもね。僕なら死んでたかも。」
「いやーどうだろう? 殺し屋のくせに長々と喋ってばかりなんだよ。何か続きがあったのかも知れないけど。変な殺し屋だよね。」
「で、アレックスちゃん。どうやってアジャーニ君まで辿り着いたのかしら? あのクラスの貴族を捕らえるなんて半端な証拠じゃ無理でしょう?」
さすがサンドラちゃん、鋭い。
「それは放課後ね。時間が足りないわ。お昼寝もできなかったし。」
一体どんな筋書きなんだ。
今日も放課後が待ち遠しいぜ。
そして放課後。
「そもそもアジャーニ君の家はお代官のアジャーニ本家筋とは仲が良くないの。この冬に一家でクタナツに来たのは揉め事を起こすためらしいわ。もしかしたらあのグリーディアントの事件にも関わってるかも知れないわね。
で、代官としては証拠なんか後回しで構わないから潰してしまいたかったようなのよ。その結果が昨夜。一家丸ごと捕まったらしいわ。名目上は貴族に対する殺人。家族はアジャーニ君の連座ね。」
「なるほどね。始めからそうなる予定でもあったのね。アジャーニ君が問題を起こさなかったとしても早いか遅いかの違いしかなかったのかも知れないわ。そう考えると彼も可哀想なものね。」
サンドラちゃんは意外と優しいんだな。
それにしてもアレクでも仲介役がクタナツ外の納屋で何をしたかまでは聞いてないだろう。父上には伝えてあるが、その後が気になるんだよな。
さて、バルテレモンちゃんとイボンヌちゃんはどうするのかな?
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