そして夜。ダミアン達はまだ飲んでいるようだが、私とアレクは寝室に引っ込んだ。ベッドに横並びに座っている。
「カースのお金の使い方ってもう意味が分からないわ。凄すぎて……」
「さすがにあれほどの大金となると貸せる相手なんかいないからさ。堅実に稼げるダミアンなら喜んで貸すよ。」
「やっぱりダミアン様が勝つわよね……」
「政治のことは分からないけどね。あのダミアンが親孝行したがってるんだから、少しは助けてやってもいいかと思ってね。」
「少し……ね。なんだかダミアン様が羨ましくなっちゃった。カースがそこまで肩入れするから。」
「アレクったら。ダミアンなんかを羨んでも意味ないのに。アレクのためだったら全財産だって使うのに。もちろん貸すだなんてケチなことは言わないよ。」
当たり前だ。アレクったらかわいいこと言うんだから。
「もう……カースったら。ありがとう……いつも本当に嬉しいわ。」
アレク顔がこてんと私の肩にもたれ掛かってきた。ふわりといい香りが漂う。夜はこれからだ。
その頃、食堂での宴会は半ば会議と化していた。
「それで、ダミアン様? 二百枚もの白金貨をどのようにお使いになるご予定ですか?」
「ちいっと惜しいけどよ……全額親父殿に献上するわ。」
「ちょ、ダミアン!? アンタ何を考えてんのよ! せっかくボスが……」
「なるほど。賢明ですね。現状で最も効果的な使い道でしょうね。」
「ちょ、アンタまで!? いいのかい!? そこらの子爵領なら丸ごと買える額なんだよ!?」
護衛のジャンヌは酔い潰れて寝ている。この場にいるのは、ダミアン、ラグナ、そしてリゼットである。なおカムイは別室にてすでに寝ているが、コーネリアスはこの場でチビチビと飲んでいる。
「ラグナさん、せっかくですからご説明しましょう。今後のこともありますので。」
「あ、あぁ……」
リゼットの説明によると……領都を襲った『呪いの魔笛』による被害額は白金貨にして千枚は下らないと言われている。内訳は魔物により破壊された北の城壁、城門、崩れた家屋。死傷した騎士や平民への保障、見舞金。戦った冒険者への報酬などだ。
この内、領都の予算から出されたのはわずか三百枚。いわゆる予備費からである。予備費にこれほど大金を用意してあるのはさすがの大貴族フランティア家だが、それでも到底足りなかった。ならばどうしたのか?
簡単である。辺境伯ドナシファンが私財から捻出したのだ。ローランド王国の半分近くを占めるフランティアの支配者である。その資産たるや王家を凌ぐとも言われている。そんな辺境伯からしても白金貨七百枚という額は痛いものなのだろうか?
もちろん痛いに決まっている。ただでさえ貴族の生き方は金がかかる。辺境伯といえど余裕のある暮らしができているのかどうか。そこへあの厄災である。顔には出さない父の懐が苦しいことをダミアンは分かっていた。当然リゼットにだって想像はついている。
「それからラグナさん。お金には色が付いていることはご存知でしょう? ラグナさんはその色を消す側の人間でしたものね。」
「ああ、分かってるさぁ。金貨洗浄だろぉ? それがどうしたのさぁ?」
「正直な話、マイコレイジ商会が辺境伯閣下に援助を申し出ることはできません。何の見返りもないただの寄付として処理されてしまいますから。」
「そりゃあそうだろうさぁ。辺境伯ほどの男がアンタんとこみてぇな大商会から賄賂なんざぁ受け取るもんかい。」
「そうです。しかし辺境伯閣下の財政が苦しいのは事実。そこに出所のはっきりした金。いや、それどころか魔王カース様からの金だとしたら?」
「そ、そりゃあ誰も文句言えないんじゃないかいぃ? 領都をドラゴンやワイバーンから守り抜いたボスだしねぇ……」
ラグナも納得してきたようだ。
「その通りです。フランティアとカース様の関係、それ以上にカース様とダミアン様のご関係を内外にこの上なく知らしめることになります。当然、金額以上に辺境伯閣下の心象も良くなることでしょう。」
「そんなわけだ。今から行くぜ。行政府によぉ。親父殿にこの金を届けるのと、婚約の報告をしねぇとな。」
まだ深夜と言うほどの時間ではないが、夜は更けている。辺境伯はまだ仕事をしているのだろうか。
「行政府かぃ……それならアタシぁ行かない方がいいねぇ。二人で行ってきなよ……」
どことなく寂しそうなラグナ。
「賢明です。ご心配なく。私はダミアン様の体に興味はありませんので。」
「そんじゃあラグナはここの俺の部屋で待っててくれや。すぐに帰ってくるからよ。」
「ピュイピュイ」
コーネリアスがダミアンの首に巻き付いた。
「おお? オメーも来るか? 用が終わったら飲みなおそうぜ!」
「ピュイピュイ」
ちなみにダミアンは客室を一つ、勝手に自室として使っている。結構大きめの部屋を。
カース邸に泊まるつもりだったためダミアンもリゼットも自家の馬車を待たせていない。またこんな時間に辻馬車も呼べないため、行政府まで二人と一人で歩くことにした。そこまで遠いわけでもないのだから。
そして二人は、行政府に辿り着くことはできなかった……
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